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【大阪国際女子マラソン】明暗分かれた2人 どん底から復活「松田瑞生ここにあり」 小原またも五輪届かず  

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【第39回大阪国際女子マラソン】スタートする小原怜(中央)と松田瑞生(右から3人目)=26日、ヤンマースタジアム長居(須谷友郁撮影)
【第39回大阪国際女子マラソン】スタートする小原怜(中央)と松田瑞生(右から3人目)=26日、ヤンマースタジアム長居(須谷友郁撮影)

 東京五輪へとつながる新春の浪速路で、最後の力を与えてくれたのは、母だった。26日行われた「第39回大阪国際女子マラソン」(産経新聞社など主催、奥村組協賛)で日本陸連が設定した2時間22分22秒を突破し、栄冠を手にした松田瑞生(24)。地元・大阪で笑顔を弾けさせ、東京五輪の最有力に躍り出た。一方、レース前に「五輪3枠目」の最有力だった小原怜(29)は13位に沈み、五輪を目指す戦いは明暗が分かれた。(鈴木俊輔 桑村朋 江森梓)

 「瑞生!」。ペースが落ち始めた37キロ地点。待ち受けた母、明美さん(54)の絶叫に松田は小さく手を握り、かすかな笑みを浮かべた。勝利を確信していたらガッツポーズを送る-。前夜に交わした約束を果たした先に、五輪へと続く歓喜の瞬間が待っていた。

 走りを後押ししてくれたのは周囲の支え。苦しみを誰よりも知る母の涙に、万感の思いがこみ上げた。「松田瑞生ここにあり、という走りをみせる」。スタート前の言葉を体現した42・195キロを終え、ゴールテープを切ると母の胸に笑顔で飛び込んだ。

 東京五輪の最後の一枠を決める記録に設定されたのは、自らが2018年ベルリンマラソンで記録した2時間22分23秒を1秒上回るタイム。「これを切れるのはお前しかいない」「冠が似合うのは瑞生だけ」。母、家族、恩師-。周囲の励ましの言葉が走る楽しさ、五輪への熱意を思い起こさせてくれた。

 「次は頑張ります」。大阪薫英女学院高で指導した陸上競技部の安田功監督(58)は、五輪内定を逃した昨年9月の「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」後に交わした短いメールから、強い決意を感じ取っていた。「人間的にひと回り大きくなった姿を見られた」。五輪を大きく引き寄せた教え子と抱擁を交わし、喜びを分かち合った。

 五輪に向けて快走するヒロインを、地元の大声援も後押しした。重要な位置づけとなったレースを一目見ようと、沿道には観衆が詰めかけた。「口は悪いけど、温かい。大阪を選んでほんまによかった」。2年前、初マラソンで栄冠を手にした思い出の地で、喜びをかみしめた。

 一方、2016年リオデジャネイロ五輪出場を1秒差で、今大会でも代表の座を勝ち取ることができなかった小原怜。「また、つかめなかったのか…」と嗚咽(おえつ)をもらした。

 序盤から足に違和感があった。痛めていた左アキレス腱(けん)に加え、右足指の皮がめくれたが、沿道の声援が聞こえる限りは「棄権」という選択肢はなかった。「たくさんの『頑張れ』が聞こえた。途中で投げ出したくなかった」と完走にこだわった理由を語った。

 「あきらめない気持ちが強い子だった」。高校時代の陸上部監督、森政芳寿(よしとし)さん(62)は振り返る。この4年間は浮き沈みもあったが、「私にとっては誇り。よくここまで成長した」と教え子をたたえた。

 「(このレースを選んだことに)悔いはない」。レース後、そう語った小原。東京五輪の補欠枠を得る可能性はあり、所属する天満屋の武冨豊監督は「ここで気持ちを落とすようではダメ。足りない点を考え、東京で結果が出せるよう準備させたい」とはっぱをかけた。

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