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【ビブリオエッセー】心に残った白鳥のたとえ 「次郎物語」下村湖人(新潮文庫)

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 私が生まれた頃に書き始められたこの『次郎物語』は、下村湖人先生の長年の経験に基づく子育て論や教育論を、主人公、本田次郎の成長をたどる長編小説として昇華させたものだと思っている。

 最初は高校時代に読んだ。小説の中で、次郎の人生の師となる朝倉先生が掲げる「白鳥芦花に入る」の言葉が心に残っていて、今回改めて全巻を読み直した。

 孟母三遷の教えをもとに、次郎を小学校の校番一家へ里子に出した母、お民。兄や弟とは区別され、のけ者扱いにされていると幼くして沈んだ思いを抱いていた次郎は乱暴やひねくれた行動にも出るが父の態度は温かく、おおらかだった。冷たい仕打ちを続けた母だったが、死の直前に見せた優しい目と微笑みは次郎の心を解き放してくれる。

 次郎はいい先生たちにめぐり会った。小学校の権田原先生には、幸福に恵まれながらたった一つの不幸のために自分を不幸だと思ってしまう人間もいれば、不幸だらけなのに幸福を見つけて戦っている人間もいるのだと教えられ、次郎は気づいていく。そして中学校の朝倉先生。軍国主義が学校にも及んだ暗い時代、批判的な言動で学校を追われた先生を、次郎らは必死で守ろうとする。やがて先生を追いかけ東京へ。

 古めかしい本だが子育てにかかわるすべての人たちへの福音書ではないか。白鳥は舞い降りて芦原にまぎれると目立たないが周囲へ羽風を起こす、そんな人になれ、と教える朝倉先生。この小説そのものが白鳥なのだと思う。

 大阪市中央区 田中清子83

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