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インパール作戦ゆかりの地めぐる旅企画 有志ら同行者募る

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日本軍将兵と交流があった男性(中央)と、吉田育弘さん(右から2人目)、田中優至さん(左端)。3月の旅では、この男性に話を聞く機会も設ける予定だ=昨年8月、ミャンマー(吉田さん提供)
日本軍将兵と交流があった男性(中央)と、吉田育弘さん(右から2人目)、田中優至さん(左端)。3月の旅では、この男性に話を聞く機会も設ける予定だ=昨年8月、ミャンマー(吉田さん提供)
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 第二次大戦時に多大な犠牲が出たビルマ(現ミャンマー)。奈良県に住む有志らが3月下旬、大戦中最も無謀とされた「インパール作戦」に代表されるビルマでの戦跡を訪ねる計画を進めている。戦後75年を前に当時の記憶が薄れていくなか、現地で高齢者にも体験談を聞く予定だ。有志は「先人の足跡をたどり、それぞれが思いを感じ取ってもらえたら」と語り、同行者を募っている。

 企画したのは、奈良県高取町の歯科医師、吉田育弘さん(61)と、同県橿原市の学習塾経営、田中優至(まさし)さん(42)ら。

 きっかけは、田中さんが「受験であまり重視されていないという理由から近現代史を知らない子供が多い」と感じたことだ。

 夏期講習などで先の大戦について教えるなかで、「実際に戦跡を訪れたい」との声が上がるようになり、昨年3月、元教え子の大学生8人を連れて、奈良県出身者で編成された部隊も派遣されたグアムを訪問。元教え子らは「今まで歴史を知らなかった」「連れてきてくれた意味がわかった」と語ったという。田中さんは「国のために亡くなった人たちがいるという歴史を知ってほしかった」と話す。

 こうした経緯を知った知人の吉田さんが発起人となり、同様に奈良県の部隊も参加したインパール作戦の戦跡を訪ねる旅を企画。昨夏には下見も実施した。

 旅では、ヤンゴンの日本人墓地のほか、マンダレーやカレーミョの戦跡を訪問。インド・インパール攻略に向けて兵士らが進軍し、退却時に兵士の屍(しかばね)が積もったことから「白骨街道」と呼ばれたチンドウィン川流域の道をバスで約8時間かけて進む予定だ。

 日本軍将兵と交流した現地の高齢の男性や女性から、当時の様子を聞く場も設ける。

 また、訪れる村の多くは電気が通っていない場所もあり、吉田さんは夜間に子供たちが勉強できるようにソーラーパネルと照明設備の寄贈を計画。近くクラウドファンディング(CF)で設置のための寄付を募る。

 旅は3月20~25日。現地の宿泊費などは計15万円で、日本-ミャンマー間の航空費は別途。旅とCFの問い合わせはmail@and-next.jp

 ■インパール作戦第二次大戦時、英軍の反攻拠点のインド・インパール占領を目的に、日本軍が昭和19年3月に始めた作戦。太平洋戦線などで劣勢に立たされる中、窮余の一策という政治的側面もあった。陸軍の3つの師団計10万人を投入。全軍壊滅状態に陥っても司令部は作戦続行に固執し、多くの犠牲を出して同年7月に作戦を中止した。戦闘のほか、飢えやマラリア、赤痢で死者は3万人、戦傷病者は4万5千人ともいわれ、無謀な作戦の代名詞とされる。

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