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「三ツ矢」「ウィルキンソン」…炭酸水の聖地は関西にあり

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 シュワッとしたノド越し爽やかな炭酸水のブームが続いている。居酒屋ではウイスキーのハイボールがビールをしのぐ勢いで人気を集めているほか、清涼飲料水の新商品が次々に発売され、自宅で簡単に炭酸飲料を作れるマシンも登場するなど市場は拡大する一方だ。この炭酸、実は兵庫・阪神地域に「聖地」が複数存在することはご存じだろうか。関係自治体は、このブームを逃すまいとPRに乗り出している。(河合洋成)

強炭酸ブーム乗り

 「天然たんさん水 この下にあり」

 そう刻まれた高さ1・2メートルの石柱が、兵庫県宝塚市の武庫川近くの宝塚温泉街にある。ここが今、若者に大人気の強炭酸水ブランド「ウィルキンソン タンサン」発祥の地だ。

 明治22(1889)年、英国人のジョン・クリフォード・ウィルキンソン氏が、まだ森が広がっていた宝塚で狩猟中、偶然、宝塚温泉の源泉そばで湧き出ていた天然の炭酸泉源に遭遇。翌年、瓶詰め工場を開設し、製造・販売を始めた。

 同市在住の郷土史家、鈴木博さん(66)は、1899年発行の英国雑誌に掲載された写真から、工場が温泉街近くの紅葉谷にあったと特定。「TANSAN」と書かれた木箱を積んだ荷車とウィルキンソン氏本人の写った写真もあった。

 鈴木さんによると、当時、日本人には(ラムネなど)加糖していない純炭酸水になじみがなく、おもに輸出用に販売。仁王像マークで発売した「TANSAN」ブランドは「“割る文化”のあった海外で人気になった」そうだ。ウィルキンソン氏は近くにホテルも建設し、外国人も訪れる観光地になっていたという。

 この地に宝塚市が着目したのは平成29年12月、ぐるなび総研(東京)の「今年の一皿」で「強炭酸ドリンク」が準大賞を受賞したのがきっかけだ。市は「埋もれていた観光資源の発掘」になるとして、昨年11月に発祥地を示す石柱を設置。除幕式にはウィルキンソン氏の子孫を招いた。

 石柱近くには「ウィルキンソン タンサン」限定の自動販売機が設置され、河川敷では今もブクブクと泡立つ様子が見られる。市内のホテルでは市花・スミレにちなんだパープルカラーの「宝塚ハイボール」も提供するなど「炭酸の聖地」定着への動きは活発化している。市国際観光協会長で「ホテル若水」社長の小早川優さん(53)は「宝塚は歌劇と温泉だけではない。『TANSAN』発祥の地としてもアピールしたい」と、さらなる一手を模索中だ。

文化遺産第1号に

 兵庫県川西市の能勢電鉄平野駅から北へ向かうと、三ツ矢印の付いた塔屋が見えてくる。古くから「平野鉱泉」が湧き出るこの地で、「三ツ矢サイダー」は始まった。

 明治14(1881)年、英国人化学者のウィリアム・ガラン氏が平野鉱泉を「理想的な炭酸水」と評価し、17年に「平野水」として販売。30年には皇室への御料品に指定され、40年には三ツ矢印の「平野シャンペンサイダー」も発売され、大正元年には御料品製作所がつくられた。

 1世紀以上を経た平成31年3月28日、328(みつや)の語呂合わせで制定された「三ツ矢の日」に旧御料品製造所と旧源泉地施設が川西市登録文化遺産第1号となった。目立つ塔屋は大正時代、東洋一とされた清涼飲料水工場にあった炭酸ガス捕集塔を復元したものだ。工場跡は今、巨大ホームセンターに様変わりしており、「三ツ矢サイダー発祥地と知らない市民が少なくない」ことも、文化遺産となった背景にある。

 さらに近くの多田神社には、現地で勢力を誇った清和源氏の伝説が三ツ矢印の由来という説明書きがある。境内には三ツ矢サイダーばかりの自動販売機も置かれている。

 市の担当者は「今後は折を見てPRし、川西に炭酸の聖地があることを発信したい」と積極姿勢をみせ、隣接する宝塚市への対抗意識ものぞかせる。

ライバルでなく同志

 実はウィルキンソンと三ツ矢サイダーは、ともにアサヒ飲料(東京)のブランド。生産拠点も同じ明石工場(兵庫県明石市)で、ライバルというよりも“同志”のような関係だ。

 これまで宝塚、川西両市の聖地PRに協力してきた同社は「弊社ブランドと深い関係のある自治体。今後も継続して関係構築していく」とコメント。今後は両市が協力する形でのPR作戦なども期待される。

 両市に近い有馬温泉(神戸市北区)の炭酸泉も有名で、サイダーや「炭酸せんべい」が観光客らの人気となっている。休日に阪神間を訪れるなら、「炭酸の聖地」巡りというのも一興かもしれない。

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