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【一聞百見】AI、VR…科学で目指す争いのない世界 認知科学者、佐久間洋司さん(23)

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手の加速度を測って動きを把握するグローブを身につける佐久間さん =大阪市北区(渡辺恭晃撮影)
手の加速度を測って動きを把握するグローブを身につける佐久間さん =大阪市北区(渡辺恭晃撮影)
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 「なぜ分かってくれないの?」「どうしていつもあの人は…」。こんなもやもやした感情、身に覚えはないだろうか。でも、自分と相手が見ている世界を交換すれば、互いをより理解できるかもしれない。そんな近未来システムの開発に挑戦するのは、現役大学生の認知科学者。人工知能(AI)やバーチャルリアリティー(VR)などの最新科学技術を使って人間の意識に働きかけ、「共感」を呼び起こす。目指すのは「人を優しくする機械」、そして、その先にある「争いのない世界」の実現だ。(聞き手 社会部・有年由貴子)

■科学の力で人を優しく

 アッシュブラウンの明るい髪色、個性的なモノトーンファッションに身を包む姿は、研究者というより、繊細な美大生のような印象を受ける。語り口調も柔和だが、研究について話し始めると、目は鋭く光る。「想像してみてください」と佐久間さん。ある日、鏡を見ると、自分の姿が全く別人の体になっている。顔、髪、手、足、発する声さえも-。「違うのは魂だけ。つまり、僕が作ろうとしているのは『君の名は。』のような身体転移の状況を作る機械です」

 大ヒット映画「君の名は。」は、別々の世界を生きる見知らぬ高校生の男女の心と体が入れ替わるストーリー。2人は入れ替わりを繰り返す中で、次第に恋に落ちていく。「映画では2人は短期間で強く思い合うようになる。たかだか十数回しか入れ替わってないのに。不思議だと思いませんか?」。入れ替わった2人は、互いの生活や家族や友人などの人間関係を共有し、相手自身になり切っていく。佐久間さんの研究のヒントは、そこにあるという。「そうすると、いやが応でも『○○だったらこんなときどうするだろう』と、相手の立場に思いをはせられるようになる」。魂が入れ替わる-。この特殊体験こそ、他者への「共感を生むスイッチ」だと考える。

VRゴーグルを装着(左)し、バーチャルの世界へ。「乗り移った」他者の見る世界を体験(右)できるシステム開発に取り組んでいる =いずれも大阪市内(渡辺恭晃撮影)
VRゴーグルを装着(左)し、バーチャルの世界へ。「乗り移った」他者の見る世界を体験(右)できるシステム開発に取り組んでいる =いずれも大阪市内(渡辺恭晃撮影)
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 では、実際にどうやって入れ替わるのか。「まずは、僕を乗り移り先として、バーチャル空間に僕そっくりのアバター(分身)を作っています」。用いるのはVRなどの最新技術だ。「乗り移る」側は、自分の体の動きを感知する「トラッキングスーツ」を装着し、VRゴーグルをかけ、バーチャルの世界へ。手元を見れば佐久間さんの手が、鏡の前に立てばこちらを見つめる佐久間さんの姿が。自分が「佐久間洋司」になったような体験ができる。

自分そっくりのアバター(分身)を作るために撮影した3Dスキャン画像(佐久間洋司さん提供)
自分そっくりのアバター(分身)を作るために撮影した3Dスキャン画像(佐久間洋司さん提供)
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佐久間さんをモデルにしたバーチャルユーチューバーのキャラクター=イラスト(「モグモ・MUGENUP」デザイン)=を使った研究にも取り組んでいる(佐久間さん提供)
佐久間さんをモデルにしたバーチャルユーチューバーのキャラクター=イラスト(「モグモ・MUGENUP」デザイン)=を使った研究にも取り組んでいる(佐久間さん提供)
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 先行研究ではVRを用い、白人が黒人を、若者が高齢者の体を疑似体験することで、体験した側の差別的な感情が減少したり、肯定的な考えを持ったりする認知の変化が知られている。一方、佐久間さんの実験では、「属性」を超えて「ある特定の個人」になる体験をする。人間はどんな体験を経れば、もっと他者に優しくなれるのか-。研究の根底にあるのは、科学の力で人間の心や意識に切り込み、より良い変化をもたらす装置を作り出したいとの思いだ。「目指すのは、争いのない世界。僕の今の研究はその第一歩だと思っている」

VRゴーグルを装着してバーチャルの世界へ =大阪市北区(渡辺恭晃撮影) 
VRゴーグルを装着してバーチャルの世界へ =大阪市北区(渡辺恭晃撮影) 
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■「共感」呼び起こす技術を求め

 科学の力で、人間の「他者への共感」を呼び起こすシステムの開発に挑戦する佐久間さんは現在、大阪大4年。学部生ながら企業などとともに研究に取り組む認知科学者として、二足のわらじを履く。自らを研究の世界へ導いたのは、人間の「意識」への飽くなき探究心だった。「幼い頃から、自分とは異なる『他者という存在』に強い関心があった」と振り返る。最初に覚えた言葉の一つは「どうぞ」。物心ついたときから、「共感する」という感情に興味を抱いていた。強く意識したのは、高校3年のときだ。

 母校では、クラス全員で演劇を上演し、学級間ででき栄えを競う行事があった。3年生で監督と責任者を務めたが、劇は一部教員から根拠なく「投票の不正」を指摘され、失格に。「大人の理不尽さを感じ、高校生活が世界のすべてだった僕にとって、第三次世界大戦が始まったくらいショックな出来事だった」。だが、同級生らは責めず、優しい言葉をかけてくれた。「佐久間じゃなかったら劇はできなかった」「一緒にいられてよかった」。人間には共感する人と、しない人がいる-。「どうして僕たちは互いを理解しようとすることすらできない瞬間があるのか、それを改善することはできないのかと、深く考えるようになった」

学生に向け、自身の留学や研究内容について講演する佐久間洋司さん =平成30年12月(佐久間さん提供)
学生に向け、自身の留学や研究内容について講演する佐久間洋司さん =平成30年12月(佐久間さん提供)
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 高校卒業後、人間そっくりのロボット「アンドロイド」の開発を通じ、「人間とは何か」を追究する石黒浩・大阪大教授の考えに共感し、同大基礎工学部に進学。入学直後からロボット系ベンチャー企業でのインターンシップに参加、得た知識をもとに、大学の研究支援プログラムを活用し、人工知能(AI)を使ったロボットの対話システムの開発研究を独自にスタートさせた。ほどなくして、研究の支援者の仲介で念願の石黒教授との面会の機会を得る。「やりたいことを問われ、『人間の意識を脳科学的に明らかにするのではなく、工学的観点から変えてみたい』と伝えると、先生は、周囲に『机あげて』と」。研究室入りが認められ、研究者の卵となった。

 だが、当時の日本はディープラーニング(深層学習)など最新のAI技術を学ぶのに十分な環境ではなかった。平成27(2015)年に「人工知能研究会」を設立。代表として、学生が情報共有できる場作りや専門家を招いた勉強会などを開催し、約2千人の会員が集まる日本最大級のAIコミュニティーに成長させた。「もっと視野を広げたい」と、2年のとき、近年のAIブーム発祥の地として知られるカナダ・トロント大に1年間留学した。最高の教材・環境で学ぶ最先端の技術。同時に、世界と日本の圧倒的な差を思い知らされる。

「自分の目標のために科学技術を使っていく」と話す佐久間さん =大阪市内(渡辺恭晃撮影) 
「自分の目標のために科学技術を使っていく」と話す佐久間さん =大阪市内(渡辺恭晃撮影) 
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 日本でしか、自分にしかできないこととは-。たどり着いた答えが、「人間の意識を理解し、変える」という認知科学の研究。「それまでの技術ありきの考え方から、自分の目標のために科学技術を使っていくという考えに転向を決めた」

支援を受ける「孫正義育英財団」の孫正義代表理事を前に活動報告する佐久間さん =平成30年12月(佐久間さん提供)
支援を受ける「孫正義育英財団」の孫正義代表理事を前に活動報告する佐久間さん =平成30年12月(佐久間さん提供)
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■英知で世界にハーモニーを

 バーチャルな体験で人と人が入れ替わり、共感を呼び起こす「身体転移」のシステム。開発に取り組む佐久間さんは今、これと並行して、自分そっくりに動き回る「ドッペルゲンガー」を作る研究にも取り組んでいる。人工知能(AI)に自分らしいジェスチャーや癖を学習させ、3Dスキャンした自分のアバター(分身)にまとわせる。最終的には、自分が発する声に合わせ、分身が自分の意思とは全く無関係に動き、自分のような振る舞いができるように作り上げる。混乱、嫌悪、共感…。「自分とは別人格の『自分』に対峙(たいじ)したとき、人間にどんな意識の変化が生まれるのか、自分自身に共感することができるのか、検証したい」。このほか、インターネット空間に作った分身を使って動画配信を行う「バーチャルユーチューバー(Vチューバー)」を使った研究も進めている。すべての研究は、人間の意識に影響を与えるシステムを作り出すための試行錯誤だ。

 携帯電話などデジタル機器に囲まれて育った「デジタルネーティブ」世代。「スイッチを押せば電気がつく、蛇口をひねれば水が出るのと同じように、ネットにつながることが当たり前の感覚」と表現する。「20歳、30歳上の人から見たら、『それ普通やるか?』ということを、僕らは『まあやってみてもいいんじゃない?』と思える。そこにチャンスがある」。新しいものへの親和性の高さと寛容さこそが、独創的でチャレンジングなアイデアを生み出す原動力だ。

 独自研究のため、研究資金はすべて自己調達でまかなう。才能ある若手人材の支援を目的にソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が設立した「孫正義育英財団」の正財団生に認定されるなど、多忙な合間を縫って予算獲得のための書類提出やプレゼンテーション、講演活動をこなす。「『お、いいじゃん』と言ってくれる上の世代の方も多いけど、それでも『自然に反する』と感じている雰囲気はひしひしと伝わってきますね」。

 だが、同志や理解者は着実に増えつつある。最近では大阪市や関西財界とタッグを組み、科学やビジネスの分野のリーダーを育てる20代以下限定のサロンを主宰、代表を務める。「2030年の日本をつくるリーダーを輩出したい」

最新科学技術を使い「人を優しくする機械」の開発に取り組む佐久間洋司さん。「争いのない世界をつくりたい」とビジョンを語る =大阪市北区(渡辺恭晃撮影)
最新科学技術を使い「人を優しくする機械」の開発に取り組む佐久間洋司さん。「争いのない世界をつくりたい」とビジョンを語る =大阪市北区(渡辺恭晃撮影)
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 たぐいまれなる行動力を支えるものとは-との問いに、佐久間さんは、影響を受けた2つの芸術作品を挙げた。SF作家の故伊藤計劃(けいかく)氏の小説と、アール・ヌーヴォーの代表的画家、アルフォンス・ミュシャの絵画だ。タイトルはいずれも「ハーモニー」。2つの作品から、「英知をもって人に影響を及ぼし、世界に調和をもたらす」という人生のビジョンを得た佐久間さんは、さらなる高みを目指す。「科学が人の意識に影響を与えるのだ、というイデオロギーを、広く世の中に押し広める人。そんな『イデオローグ』になりたい」

 想像を超えて他者の心を理解することは難しい。だが、23歳の挑戦が生み出すテクノロジーで、私たちがその壁を越える日は近いかもしれない。

     ◇

【プロフィル】佐久間洋司(さくま・ひろし) 平成8年、東京都生まれ。大阪大基礎工学部4年で、人工知能(AI)やバーチャルリアリティー(VR)など最先端科学で人の「意識」に働きかけるシステムの研究開発に取り組む認知科学者。1年から、知能ロボット学研究室の研究生として石黒浩・大阪大教授の指導を受ける。学生や若手研究者らでつくる日本最大級のAIコミュニティー「人工知能研究会/AIR」代表。大阪市や関西財界とともに科学やビジネスの分野の次世代のリーダーを育てるサロンも主宰、代表を務める。

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