PR

【一聞百見】虐待死「ゼロ」実現こそ大人の責務 元警察官僚でNPO「シンクキッズ」代表理事の後藤啓二さん(59)

PR

警察官僚時代から「子供の安全」にかかわってきた弁護士の後藤啓二さん=神戸市中央区(南雲都撮影)
警察官僚時代から「子供の安全」にかかわってきた弁護士の後藤啓二さん=神戸市中央区(南雲都撮影)
その他の写真を見る(1/4枚)

 子供の虐待死が後を絶たない。1月には千葉県野田市で小4少女が虐待死。今月には札幌市で2歳女児の衰弱死事件が起き、児童相談所(児相)と警察の連携不足が指摘される。子供の虐待死ゼロを目指すNPO法人「シンクキッズ」(東京)代表理事の後藤啓二さん(59)は、児相だけに任せるのではなく、警察や学校などが虐待案件をすべて共有し、各機関が子供に危険な兆候がないかを見守る仕組みづくりに奔走。「子供の命を守るためベストを尽くす社会にするのが大人の責務」と訴える。(聞き手 編集委員・松岡達郎)

 ■相次ぐ虐待死

 「多くは救えるはずの命だったと思っています」。後藤さんはこう語る。

 野田市で10歳の栗原心愛(みあ)さんが自宅浴室で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された事件。心愛さんが学校アンケートに「お父さんにぼう力を受けています」と書いたSOSを学校や市教委は生かせなかった。心愛さんを一時保護した児相も「たたかれたのはうそ」とした書面を示す父親に詰め寄られ、心愛さんの帰宅を認めてしまった。

 事件を受けた同市児童虐待事件再発防止合同委員会の委員でもある後藤さんは「児相や市教委職員は親を恐れ、トラブルになりたくないから言いなりになり、子供を危険にさらす。普通の公務員である児相職員らが親を怖がるのは仕方がないが、だからこそ親に毅然(きぜん)とした態度で臨める警察と一緒に対応すべきだった」と話す。

 「もうおねがい ゆるして」。昨年3月、亡くなった5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんがノートに書いた文字が衝撃的だった東京都目黒区の虐待死事件は、事前に児相の職員が家庭訪問しながら母親に面会を拒否されると、安否を確認せず警察にも通報せず放置した。警察に連絡していれば警察が家庭訪問し、衰弱した結愛ちゃんを保護できたとみている。

 虐待死事件では児相が案件を抱え込んだケースが目立つため、後藤さんは子供を守る立場にある児相や市町村、病院、警察、民生委員が情報を漏れなく共有することが不可欠と訴える。「神ならぬ人の身で1回や2回の家庭訪問で正確な虐待リスクの判断などできるはずはありません。親は虐待を隠すのが常で、子供は自ら被害を訴えられないのです。だから児相は関係機関と漏れなく共有し、多くの目で子供を見守る仕組みにすることが重要です」

■きっかけは警察時代

 後藤さんにとって「子供の安全」は警察官僚時代から取り組んできたテーマだ。平成10(1998)年、警察庁でインターネット犯罪を担当していたときには、フランスで開かれた国際会議「インターネット上のチャイルドポルノ対策会議」(ICPOなど共催)に出席した。当時、先進国で児童ポルノを合法としていたのは日本だけで、日本はチャイルドポルノの発信源だと集中砲火を浴びていた。会議では「日本でも法律を準備しているので少し待ってほしい」と繰り返すのが精いっぱい。以降、児童ポルノ撲滅はライフワークのひとつになった。

 大阪府警生活安全部長を務めていた平成13年には、児童8人が亡くなった大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)の児童殺傷事件が起きた。「子供の安全」を守らなければいけないと思い「大阪府安全なまちづくり条例」をまとめた。

 児童虐待問題に取り組むきっかけも警察時代の経験からだ。非行少年だけでなく家出や深夜徘徊(はいかい)をして犯罪に巻き込まれる子供の多くが、虐待やネグレクト(育児放棄)のある家庭で育っていることを知った。考えてみれば、家庭が楽しければ子供が家出や深夜徘徊をするわけはない。家にいると虐待され、耐えられないから家出や深夜徘徊に走る。そんな子供たちを、警察は保護すると虐待などの真の事情を調べることなく、虐待現場となる家に戻していた。

 「当時は警察の対応に何の疑問も感じなかったが、今は申し訳ない気持ちでいっぱい」と打ち明ける。「児童相談所(児相)と情報を共有し、警察官が深夜徘徊や家出をした少年を保護した際に虐待を受けていたことを知れば、そのまま家に戻すだけでなく、児相の職員と一緒に家庭を訪問して親に指導することもできた。この頃から各機関が連携して子供を虐待から守る取り組みが重要だと考えるようになりました」

■複数機関で見守りを

 札幌市で2歳の池田詩梨(ことり)ちゃんが衰弱死し、母親と交際相手が傷害容疑で逮捕された事件。事実関係が明確ではない段階だが、児童相談所(児相)と警察の甘いリスク判断や、情報共有・連携が不十分だったと報道されている。

 後藤さんは、平成26年から、児相と警察など関係機関における虐待案件の全件共有と、連携して子供を守る活動を義務づける法改正を国に要望し続けているが、いまだ実現していない。札幌市の事件を受けて今月12日には、法改正を求める5回目の要望書を政府に提出し、「何人子供が殺されたら動いてくれるのか」と語気を強める。

 昨年7月の政府の緊急対策では、児相から警察に「虐待による外傷案件」だけを提供すればいいとされた。19日成立した改正児童福祉法などにも全件共有と連携活動は盛り込まれず、虐待死事件が繰り返されている。「これではいつまでも同様の事件が起きてしまう」と政府を批判する後藤さん。「国への働きかけは続けますが、法改正を待つ余裕はない」と、都道府県や政令指定都市レベルでの実現をめざして活動する。

 〈結果、それ以前から実施している高知県、大分県などを含め、愛知県、埼玉県、大阪府、神奈川県、神戸市、北海道などの20自治体で実現。ただ東京都や千葉県、札幌市など多くの自治体の児相は全件共有を拒否。こうした地域で事件が起きているという〉

 後藤さんは「多くの虐待死事件は児相が1回や2回の家庭訪問で『虐待ではない』『緊急性が低い』と軽信した家庭で起きている。児相だけで対応するのではなく、子供や家庭と接する機会のある多くの機関で見守るほうが安全なのは明白です。その前提として虐待されている子供がどこにいるか関係機関で共有する必要があるのです」と話す。

 千葉県野田市では事件の反省から、市や児相、警察、学校、病院、民生委員などで全案件を共有することに。多くの目で子供を見守り、危険な兆候が見られれば警察に通報。警察がすぐに家庭訪問して子供の安否を確認し、けがや衰弱がわかれば緊急保護する仕組みが作られつつあり、全国のモデルケースになりうるという。

 「もちろん、これで虐待死がゼロになる保証はありません。親の衝動的暴力や交友関係の変化など、関係機関が把握できないこともあります。しかし児相が案件を抱え込むより格段に子供を守る可能性は高くなる。各機関が信頼関係を構築し、試行錯誤しながら常に提携策を改善することで、虐待死をゼロに近づけることはできる。そう信じています」

     ◇

【プロフィル】後藤啓二(ごとう・けいじ) 昭和34年、神戸市生まれ。東京大学卒業後、57年警察庁。大阪府警生活安全部長や内閣参事官(安全保障・危機管理担当)などを歴任して平成17年に退官。犯罪被害者支援や子供の安全を守る活動に取り組む。20年に神戸市に後藤コンプライアンス法律事務所を設立、24年にNPO法人シンクキッズを設立した。

【用語解説】虐待通告件数

 全国の児童相談所への虐待通告は年々増加し、平成29年度は過去最多の13万3778件に上っている。虐待死させられている子供は最近は統計上100人前後で推移しているが、見逃しも多いため、その3・5倍にもなるという推計もある。

この記事を共有する

おすすめ情報