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【一聞百見】建築“裏人生”インスタ映え200年前「ほんまもん」町並み再現 大阪くらしの今昔館館長・谷直樹さん(70)

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江戸時代の町並みを再現した常設展示で。「ほんまもんでないと」と話す谷直樹館長 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
江戸時代の町並みを再現した常設展示で。「ほんまもんでないと」と話す谷直樹館長 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
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 レトロな江戸時代の大阪の町並みをバックに着物姿で写真が撮れると人気の「大阪くらしの今昔館」(大阪市立住まいのミュージアム、大阪市北区)。5月下旬には、累計入館者500万人を達成した。いまや大阪を代表する観光スポットとなった同館の構想段階から関わり、平成13(2001)年の開館以来館長を務める谷直樹・大阪市立大名誉教授に話を聞いた。一言でいうと、凝ってますね~。(聞き手 編集委員・山上直子)

■ほんまもんの大阪がここに

 「はい。凝りに凝った結果です」と笑う谷さん。今昔館は江戸時代にタイムスリップしたような気分が味わえると人気だが、10年がかりで構想・企画。建築が専門だけに細部にまでこだわった。「まず伝統的な町家を作るために京都・桂離宮の昭和の大修理を担当した数寄屋(すきや)大工にお願いしました。原寸大の大阪の町並みを再現してエイジング(経過年数に応じて風食や傷みなどを演出すること)を施して。やっぱり、ほんまもんでないとあかんのです」

 開業直後は年間15万人ほどだったが、近年はインバウンドの影響もあって急増し、昨年度は62万人と過去最高を更新。人気は毎日300人限定の着物(夏は浴衣)体験コーナー。着物姿で見学できて“インスタ映え”はバッチリ。展示は夏と冬バージョンがあり、現在は夏祭りのしつらいだ。1時間ほど滞在すると、照明と音で朝昼晩の変化が体験でき、花火や夕立といった演出も楽しい。

タンスを頭、手鏡を目に見立て花嫁衣装など婚礼道具一式で作られた獅子の「造り物」 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
タンスを頭、手鏡を目に見立て花嫁衣装など婚礼道具一式で作られた獅子の「造り物」 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
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 自慢は婚礼道具一式で作られた獅子の「造り物」だ。江戸時代後期の大坂で競って作られたが、特に決まりはなく自由な発想や工夫が好まれたという。「大阪発祥で、はやり廃りの激しい大都市・大阪ではなくなってしまいましたが、富山や山陰、九州に広がり今も祭りの中に残っている。当時は大阪の最新の文化がとてもありがたく見えたんですね」

反物をピンで着付ける「ピンワーク」を体験する外国人女性 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
反物をピンで着付ける「ピンワーク」を体験する外国人女性 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
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 写真撮影も可で、昔のおもちゃなどの展示も手にとってかまわない。町の風情やにぎわいを体感してもらうことが第一なのだ。本物の中だからこそ、生活文化を“展示”してもリアリティーがある。「この重厚感はからだで感じるもの。不思議ですがわかる、伝わるんです」

 ところで元々は建築が専門なのに、なぜ博物館を?

 「僕の裏人生はずっと博物館づくりでした。こんなおもしろいこと、一度やったらやめられません」

昭和の町並みを再現した模型を見る谷館長。実はこの下に隠れ展示がある =大阪市北区、大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
昭和の町並みを再現した模型を見る谷館長。実はこの下に隠れ展示がある =大阪市北区、大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
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■思いが形に 展示作りにハマる

 大阪市立大学の名誉教授で建築が専門の谷さん。“裏人生”という博物館づくりの出発点とは…。「(京都大の)大学院を出てもなかなか就職がなくて、京都市史編纂(へんさん)のために資料整理のアルバイトをしていたら、梅棹忠夫先生(当時国立民族学博物館館長)と林屋辰三郎先生(当時京都国立博物館館長)から、『堺で博物館を造るから君が行きなさい』といわれたんです」

 とまどいながらも堺へ。行ってみると、オープンが1年半後に迫っていた。当時は、安土桃山時代の堺の豪商を主人公にしたNHKの大河ドラマ「黄金の日日」が放送された直後。訪れる観光客に堺という都市が一目でわかる博物館造りをめざすことになる。

 祭りの懸装品が発見されて展示方法を考えたり、中世の町並みを再現しようと資料を探していると、堺の町並みが描かれた屏風が発見されたり。その絵を基に町並みの模型を作った。アイデアや思いが形になっていく醍醐味(だいごみ)を知る。「完成して梅棹先生に『ようでけた』と言ってもらえて、その言葉にコロッといかれてしまった。博物館を造るというおもしろさが忘れられなくなりました」

 一方で、大阪の町家や長屋を保存・活用するプロジェクトにも長くかかわってきた。こちらは建築にかかわるいわば表人生だ。例えば、今昔館近くにある豊崎長屋(大阪市北区)とその主屋の大正建築、吉田家住宅。先の大戦でも焼けず現存する数少ない大阪町家だ。今昔館の展示資料を探しにいったら、家自体が貴重な文化財だった。「こんな建物、潰したら二度と建てられない」と家主を説得して耐震化。主屋だけでなく長屋も順番に耐震補強した。いわゆるリノベーションである。主屋には毎年、建具替え(戸やふすまなどを夏冬で入れ替える)などで市大の学生らが研修にやってくる。「くらしそのものを体験でき地域の活性化にもつながる…そんなことができればいいなと思っています」

中央の大阪市章「澪標」をさし「大阪人の意気込みを感じます」と話す谷直樹館長 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
中央の大阪市章「澪標」をさし「大阪人の意気込みを感じます」と話す谷直樹館長 =大阪市北区の大阪くらしの今昔館(南雲都撮影)
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■博物館は「体験」と出合う場所

 「きれいでしょう? 中央に描かれているのは大阪市章の『澪標(みおつくし)』です。中之島を世界的レベルのシビックセンターにしようという100年前の大阪人の意気込みが伝わってきます」最近新たに常設展示に加わったステンドグラスとシャンデリア。昭和57(1982)年に解体された旧大阪市庁舎(大正時代)の玄関ホールを彩ったものだ。企画展の準備で調査中、現市庁舎の地下倉庫で発見された。

 住まいをテーマにした博物館は珍しい。「いいところに目を付けたと思いますよ」とにんまり。座敷や床の間もあって、ボランティアガイドの案内で上がって座ることもできる。「衣食住といいますが食はすぐなくなるし衣は年単位で変化する。ところが住は百年単位。ゆっくりとなくなっていくのでそのことに気付かない。気付いたときには消えているんです」

 めざす博物館像とは。

 「博物館というと昔は勉強のため、それも子供のための教育施設の要素が強かった。でも今は生涯学習の時代です。高齢者や大学生向けのプログラムを考えなくてはいけない。特に学生こそ文化を学ばないといけないと思っています」

 本物の町家を作ったからこそできることがある。

 「例えば、床の間に掛け軸を掛ける。多くの人が、掛けたこともなければ巻き方も知らないでしょう。一度自分でやってみることが大切なんです。その体験が国際化社会の中での日本人のアイデンティティーになっていくと思う」

 さほど広くもなく、大きなアトラクションがあるわけでもない今昔館だが、開館前には行列ができるほど連日にぎわう。その役割と今後を聞くと…。

 「住まいのミュージアムなので暮らしに関わることや年中行事など、大阪で廃れてしまったものも情報網を張ってできるだけ再現していきたい。今ここにあるものを磨くだけでも、まだまだやれることがたくさんあると思っているんですよ」

 これからもその仕掛けに目が離せない。

     ◇

【プロフィル】谷直樹(たに・なおき) 昭和23年兵庫県姫路市生まれ、大阪育ち。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修了。堺市博物館主任研究員、大阪市立大教授を経て名誉教授。専門は日本建築史。

     ◇

【用語解説】大阪くらしの今昔館( http://konjyakukan.com )

 大阪市北区天神橋6丁目、「住まいの歴史と文化」をテーマに平成13年オープン。江戸後期・天保初年の町並みを実物大で再現したほか、明治~昭和の住まいと暮らしの変遷を資料や模型で展示。企画展もある。火曜休館。

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