PR

【正木利和のスポカル】いつまで続く、フェルメールとカメラの謎

PR

 大阪市立美術館(同市天王寺区)で開催中の「フェルメール展」(5月12日まで)を訪れたら、最後の部屋の作品を丹念に見てほしい。なかでもヨハネス・フェルメール(1632~75年)の描いた「手紙を書く女」という絵と、その斜め向かいにかかっているハブリエル・メツー(1629~67年)の「手紙を書く男」をじっくりと。

ヨハネス・フェルメール《手紙を書く女》1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, JR., in memory of their father, Horace Havemeyer, 1962.10.1
ヨハネス・フェルメール《手紙を書く女》1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, JR., in memory of their father, Horace Havemeyer, 1962.10.1
その他の写真を見る(1/3枚)
ハブリエル・メツー ≪手紙を書く男≫ 1664-1666年頃 油彩・板 52.5×40.2 アイルランド・ナショナル・ギャラリー Presented, Sir Alfred and Lady Beit, 1987 (Beit Collection)  Photo (c)National Gallery of Ireland, Dublin ngi.4536
ハブリエル・メツー ≪手紙を書く男≫ 1664-1666年頃 油彩・板 52.5×40.2 アイルランド・ナショナル・ギャラリー Presented, Sir Alfred and Lady Beit, 1987 (Beit Collection) Photo (c)National Gallery of Ireland, Dublin ngi.4536
その他の写真を見る(2/3枚)

 この二人、生没年を見てわかるとおり、ほぼ同じころに活躍している画家である。おまけに、まるでフェルメールをまねしたかのように「手紙を読む女」では「手紙を書く女」が着けている黄色い上着と同様のものをモデルに着せている。

 もちろん、これ以外にも同時代の画家としての共通点はいくつも見いだせる。たとえば、(1)ともに左から光が差す部屋が舞台であること(2)どこか意味深な画中画がかかっていること(3)ペンなどテーブルの上の品々や衣装のしわなど、細部を緻密に描いていること-などなどだ。

 しかし、大きく異なる点がある。それは、画面そのものをじっと見ていたらいやでもわかってくるだろう。

 大阪市立美術館の篠雅廣館長はいう。

 「メツーの『手紙を書く男』などは、ものすごくうまいのですが凡百の絵画とさほど変わらないでしょう。ところが『手紙を書く女』はソフトフォーカスがかかっているように見えませんか?」

 つまり、まるで写真のように見える、というのである。

 フェルメールは、絵画制作のなかでカメラを使っていたのではないか…。

□    □

子供たちがのぞいているのが原初的な光学装置、カメラ・オブスクラ
子供たちがのぞいているのが原初的な光学装置、カメラ・オブスクラ
その他の写真を見る(3/3枚)

 カメラ・オブスクラという原初的なカメラを、フェルメールが使った、という説は、もう1世紀以上、議論が続けられている。

 ここでいう「カメラ」はわれわれが使っているような精密機器ではなく、もっと単純な光学装置である。

 暗室の片方に小さな針穴を開けると、外から光が差し込み、穴の開いた面とは逆の面に逆さまになった像が浮かび上がる。いわゆるピンホールカメラの原理だ。

 実は、すでにカメラ・オブスクラは15世紀から絵画を描くための装置として使用されていたともいわれている。たとえば、あのレオナルド・ダビンチもスケッチなどの制作に使ったとされている。ゆえに、フェルメールが使用していたとしても、なんら不思議はないのだ。

 篠館長は「フェルメールは光学的な新しい世界を描いている。ピントは後ろに置かれ、光の粒を描いているように見える」という。

 たしかに、その画像が極めて写真的であるからこそ、そうした説が語られるようになったのである。

 美術家の森村泰昌さんもやはり同じ意見だ。

 「フェルメールは光にすごく敏感な画家だ。カメラみたいなものの画像をなぞれば、遠近法的にも正しいものができる。彼の絵が小さいものが多いというのもファインダーを通して見ているからなのではないか」

□    □

 しかし、こうした見方に対して否定的な見解もある。

 「真珠の耳飾りの女」というフェルメール作品を所蔵するベルリン国立美術館のカトヤ・クライナート学芸員は「カメラ・オブスクラを使ったという証拠はどこにもない」という見方だ。

 また、「取り持ち女」を所蔵するドイツ・ドレスデン国立古典絵画館のウタ・ニートハルト学芸員も「確かに顕微鏡で知られるレーウェンフックと仲が良かったといわれ光学的知識はあったでしょうが、使ったかどうかに関してはなんともいえないですね」という。

 基本的に、アカデミックな人たちの意見は、フェルメールの絵画のなかにあるリアリティーを否定する見解を指摘することで、カメラ・オブスクラの使用について反対の立場をとる声が強い。

□    □

 米国在住の英国人画家、デービッド・ホックニーは、21世紀初頭、「シークレット・ナレッジ」という本を著し、そのなかでカラバッジョやベラスケスら巨匠たちもなんらかの光学機器を使ったと唱えた。

 彼は1999年に「アングル展」を見て、初対面の女性を素早く描いたといわれるアングルが「カメラ・ルシダ」という光学装置を使ったに違いない、と結論づけたのである。

 その流れのなかで、ホックニーはフェルメールのカメラ・オブスクラの使用も指摘している。

 それは「牛乳を注ぐ女」に描かれたバスケットのピントが奥にきている、裸眼ではこうは見えない、という立場からの意見だ。

 しかし、美術界では巨匠がカメラなどを使うはずがない、という「巨匠信仰」もあって、こうした意見に対しては否定的な声が強いというのが実情である。

 果たして、真実は…。

 そして、このフェルメールをめぐる喧々囂々の議論は、いつまで続くのだろうか。

 【プロフィル】正木利和(まさき・としかず) 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者。当コラムはスポーツとカルチャーの話題を中心にすることからネーミング。おみしりおきを。

この記事を共有する

関連トピックス

おすすめ情報