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【正木利和のスポカル】舞妓をリアルに描く無粋

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三輪良平「八朔」(京都国立近代美術館)
三輪良平「八朔」(京都国立近代美術館)
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 小泉今日子と陣内孝則の主演で1989年、フジ系の月9ドラマとして高視聴率をマークした「愛しあってるかい!」という番組のなかで、京都の修学旅行に生徒を引率する教師役の陣内が「やったあ、舞妓(まいこ)さんだ」と欣喜雀躍するシーンがあった。

 なるほど、「フジヤマ」、「ゲイシャ」が、欧米人にとっての「日本」のシンボルであるならば、「舞妓さん」は外国人はもちろん、日本人にとっても「京都」の象徴であろう。

 はんなりとした京言葉を操り、だらりの帯に振り袖という衣装と日本髪、さらに独特の化粧…。娘時代のまぶしい輝きを、伝統という形式で彩った舞妓は、まさに京都で受け継がれる文化そのもの。

 だからこそ、京の画家たちは、輝きを描き留めようとしてきた。

 明治以降、京の日本画壇をリードした竹内栖鳳(1864~1942年)の描いた「アレ夕立ちに」をはじめ、その弟子で国画創作協会を設立した土田麦僊(1887~1936年)の「舞妓林泉」など、著名な作品もあるが、それは妖艶(ようえん)な「美人画」という枠を超えた、ひとつのジャンルたりえている。

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 文化勲章を受章した日本画家の堂本印象(1891~1975年)自ら設計し、設立した京都府立堂本印象美術館(同市北区平野上柳町)がリニューアルして1年。改修後、これまで4つの企画展を行ったが、どれも開館(1966年)以来行ってきた105本の企画展のなかの上位10位以内に入る好成績なのだという。

 同館で、今回開催されているリニューアル展第5弾が「絵になる姿-装い上手な少女、婦人、舞妓たち-」と題された展覧会は女性美に焦点を当てた絵画展で、企画した同館の山田由希代・主任学芸員によると、大正から昭和・平成と京都で活躍した日本画家17人によって描かれた46点の作品を通し、それぞれの画家たちが追求した女性美をみつめてゆく、というのが趣旨なのだそうである。

 そのなかでも「舞妓」たちは、ひときわ目をひく作品群だ。

 妍(けん)を競うように並ぶのが、文化勲章画家の秋野不矩(1908~2001年)や磯田又一郎(1908~98年)、三輪良平(1929~2011年)が描いた10枚の「都をどり」のポスター原画(いずれも祇園新地甲部歌舞会所蔵)。

 「磯田は舞妓の内面が光る表現。秋野は色気むんむん、三輪はぴちぴちのあどけなさと、三者三様です」(山田学芸員)

 その列のひとつ前に並ぶ広田多津(1904~90年)の「舞妓」をふくめ、いずれも顔がひきたつように、背景には金箔(きんぱく)がふんだんに使用されている。それは、舞妓のまぶしいまでの若さを示す工夫でもあるのだろう。

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 今回の展示のメーンビジュアルに使われている三輪の「八朔(はっさく)」もまた、舞妓がモチーフだ。八朔は8月1日に正装で祇園の芸舞妓が茶屋や師匠にあいさつをする京ならではの行事だが、こちらは3人の舞妓の立ち姿が描かれている。

 おぼこさを強調するため、舞妓の1年生は紅を下唇だけに差す。これで、彼女らがまだルーキーだということがわかる。

 ここでは絽の着物や、帯を含めた布地の柄も、極めて丁寧に表現してある。「柄は秋の七草でしょう。顔を近づけたら帯の織り目までこまかく描いているのがよくわかります」と同館の三輪晃久館長。

 舞妓を描くことは同時に、彼女らの着物まで細かく表現することを意味するのである。

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 迫真の舞妓を描いた画家といえば、東京出身の速水御舟(1894~1935年)につきるであろう。お座敷帰りで化粧がはげおち、ムラのできた顔をした舞妓が、畳の目にほこりの詰まった座敷の出窓に腰掛けた姿を描いた「京の舞妓」という画題の一枚である。

 なるほど、すごい絵ではあるが、無粋といえば、なんとも無粋だ。そのためか、この細密すぎる描写は院展のボスである横山大観(1868~1958年)に「悪写実」と批判されることになった。

 「都をどりのポスター原画を依頼された画家は、モデルを使っても、それがだれだかわからないように描かないといけないということになっているようです」と山田学芸員。

 今回の展示をよくよく見ているうち、舞妓の「顔」を見ただけで、どの画家が描いたものか判別できるようになった。

 たとえば、つんとした鼻と切れ長の目なら広田多津、つぶらな瞳で無表情であれば三輪良平、といった具合だ。

 そんなふうに画家が個性を出して、デフォルメすればするほど、描かれた舞妓はどんどん記号化してゆく。

 日常を離れた宴席という別世界で花と咲くのが舞妓である。だからこそリアルに描くのは、やはり野暮ということを、京都の画家たちは知っていた、ということなのであろう。

 【プロフィル】正木利和(まさき・としかず) 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者。当コラムはスポーツとカルチャーの話題を中心にすることからネーミング。おみしりおきを。

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