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イチロー、背中越しの質疑応答に漂う緊張感

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試合終了後に再登場し、歓声に応えるマリナーズのイチロー=東京ドーム
試合終了後に再登場し、歓声に応えるマリナーズのイチロー=東京ドーム

 イチローがイチローたるゆえん。それは切り替えの早さではないか。夕刊紙記者だった2007年、マリナーズ時代のイチローをキャンプからシーズン終了まで現地取材した体験から、そう実感した。

 フリーエージェント(FA)で他球団に移籍する可能性があったことから、大勢の日本メディアがイチローに張り付いていた。球場入りする際などには、気さくに対応。しかし、いったんユニホームに着替えると、雰囲気が一変。試合終了後にイチローを囲んだときの張り詰めた緊張感は、今も忘れられない。

 ベンチから引き揚げ、シャワーを浴び終えたイチローはロッカー前の椅子に、記者に背中を向けて座る。グラブの手入れをしたり、扇子をあおいだりしながら、背中越しに質問を受けるのが、定番スタイルだった。

 質問にどう答えるかは、他の選手では考えられないほど厳しかった。プレーをしっかり見ていない質問や、「あの打席にはどんな気持ちで…」といったような通り一遍の問いかけには「はい、次の質問」。まったくの無言で次々と却下していくこともあった。

 安直な質問を繰り返してははね返される日々。試合中のイチローの一挙手一投足を凝視しながら「どんな質問をすれば有効なコメントが得られるだろうか…」と工夫を凝らした。

 しかし、単に気難しいだけ、というわけではなかった。スタンドの観客がまばらだったある試合でのこと。カモメの群れが守備に就くイチローの周りの芝に舞い降りた。閑散とした球場の雰囲気でプレーした心境を尋ねると、いつものように背中を向けていたイチローは「あいつら(カモメ)、頭にウンコしてくるかと思った」。

 ひねりの効いた見出しがほしい夕刊紙へのサービスだったのだろうか。時折、そんな即席の「おもしろコメント」を出してくれた。

 注目を集めていたFAについては、シーズン半ばの7月、早々とマリナーズと5年の契約延長を決めた。10月1日の最終戦後の記者会見。残留の意図をイチローに聞いた。答えはこうだった。「オフにいろんな球団と交渉することをモチベーションにして、シーズン中に頑張れる選手って、結構いると思うんです。でも僕は、契約を早く決めることが、試合のプレーが良い方に出るタイプだと思うんです」。質問者の目をしっかりと見据えて丁寧に語る姿は実直そのものだった。

 異例の未明のロングラン会見となった引退表明でも、真摯(しんし)に答えていた。

 「50歳現役を目標にしていたが?」との質問には「最低50歳までと本当に思っていたし、有言不実行になってしまったが、言わなかったらここまで来られなかった」と振り返った。

 時に厳しく、時にジョークを交えて…。背中越しの質疑応答との使い分けも、イチローらしいユニークな魅力だった。(上阪正人)

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