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【夕焼けエッセー】ピアノ

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 新しいピアノがわが家にやってきたのは、今から22年前。娘が小学4年生の頃である。

 ピアノが届くと、娘は小躍りして喜び、毎日練習を欠かさなかった。義妹の黒色のお下がりと違い、木目調の新品は、深みのある柔らかい音を奏でた。

 小さい頃は楽譜通りに、正しく弾くことに専念していたが、やがて音で情緒を表現するようになり、たおやかな調べが流れるようになった。娘は弾き終えると、宝物を愛しむように、ピアノをそっと撫(な)でていた。

 だが17歳になり、望んでいた音大進学がかなわないことがわかると、音楽への情熱は急にしぼんでいった。その後、遠い地の大学へ進学。就職、結婚と、娘はわが家を離れていき、ピアノは誰からも顧みられなくなった。前は、あんなに毎日弾いてもらっていたのに、弾き手がいなくなってしまったピアノ。ひっそり黙し続けたまま、十数年もの間何を思っていたのだろう。埃(ほこり)を積んだまま、部屋の片隅で所在なく立っていた。

 ところが、小さな救いの手がやってきた。孫娘が生まれたことで、思い出のピアノが、娘から孫娘に受け継がれることになったのだ。

 娘宅へ運ばれた晩、1本の電話がかかってきた。電話の向こうで、3歳の孫娘の笑い声と、弾んだ鍵盤の音が重なり合う。懐かしい娘と、初々しい孫娘に囲まれ、ピアノは喜んでいるにちがいない。

 久保奈緒(60) 和歌山県橋本市

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