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【正木利和のスポカル】パフォーマーの肉体と美術家の道具で描くエロチックでアスレチックな世界

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器具のうえでのけぞるように演技するERIKA。エロティックであると同時に、しなやかな体はアスリートを思わせる=神戸アートビレッジセンター提供
器具のうえでのけぞるように演技するERIKA。エロティックであると同時に、しなやかな体はアスリートを思わせる=神戸アートビレッジセンター提供
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 暗い闇のなかで、天井からつりさげられた三角錐(さんかくすい)のような木製の器具にライトが当たっている。

 会場には、しばらく静寂が続いていた。

 そこに、天井から人間の白いふくらはぎが…。

 「おかあさん、こわいよ!」

 女の子が泣きじゃくり始めた。「もう、出る!」

 幼い子は、まるでお化け屋敷にでもいるような気分で我慢していたに違いない。そこに、天井から人の足がゆっくりとおりてくるのだから…。

 申し訳なさそうに母親が女の子を連れ出す。

 と、再び沈黙の世界がやってきた。

 静寂を取り戻した空間に器具をつり下げている縄をつたっておりてきたのは、下着姿にもみえるコスチュームの女性だった。

 どこか、暗黒舞踏を思わせるような雰囲気のなか、女性の肉体は木製器具にからみついた。

 暗闇のなか、ただひとりライトを浴びた彼女は、ゆっくりと動く。そして、その器具をまたいだり、立ち上がったり、のけぞったりと、さまざまなポーズをとった。

 器具をゆわえた縄のきしむ音がかすかに聞こえる。

 彼女の姿態は、息をのみ込むほどエロチックで、そのくせたまらなくアスレチックだった。

 暗い闇のなか、濃密な時間が過ぎていった。15分ほどのパフォーマンスは、演じている女性が器具から離れ、床に伏して静かに終わった。

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 以上は、神戸市兵庫区の神戸アートビレッジセンター(KAVC)で17日まで行われている「道具とサーカス」という展覧会のひとこまである。KAVCは30代・40代の芸術家を対象に経験を積んできた作家の新たな表現の創造と挑戦への期待をこめ、2018年度から公募プログラム「ART LEAP」をスタートさせた。その第1回の出展作家が空中パフォーマーのERIKA RELAX(年齢非公表)と美術家、池田精堂(34)のユニット、tuQmo(ツクモ)だ。

 変わりダネのコンビといっていい。

パフォーマーのERIKA RELAX(左)と美術家の池田精堂。ふたりのユニットがtuQmoだ=神戸市兵庫区
パフォーマーのERIKA RELAX(左)と美術家の池田精堂。ふたりのユニットがtuQmoだ=神戸市兵庫区
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 岡山出身のERIKAはポールダンサーだ。ずっと新体操をやっていたが、競技から離れて大学卒業後には京都の一流企業に就職した。しかし、勤めていたある日突然、「発狂しそうなほど踊りたくなった」のだそうだ。「それで、ダンススタジオをあちこち回ったんです。けれどカポエイラ(格闘技と舞踊があわさったブラジルの無形文化財)やバレエなどは振り付けが覚えられない。そこで新体操を空中にもっていったポールダンスの教室に通ったんです」

 めきめき力をつけて、昼はスタジオで教え、夜は練習という毎日。ついにはポールダンスの国際大会に競技者として出場するまでに。2012年の香港での国際大会、13、14年の全日本ポールスポーツ選手権でいずれも準優勝。翌14年の韓国の大会では見事に優勝を果たし、ユニバーサルスタジオ・ジャパンのイベントに出演するなど、ショービジネスの世界でも活躍してきた。

 一方、京都出身の池田は市立芸術大学で彫刻を学び、大学院を修了したあとは美術家として活動してきた。舞台美術の仕事などもこなしながら、個性的な銭湯のロッカーのカギや階段の手すりといった人が触れて初めて作り手の存在が認識できるような作品を生み出してきた。

 肉体を生かす道具を必要とするパフォーマーと使い手を求める美術家。その二人が出会った。

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 京都にある池田の共同アトリエの近くに住んでいたERIKAが、3年ほど前にそこを練習場としたことから知り合い、ある舞台の出演が決まった彼女がダンスに用いる器具の相談を池田にもちかけたことがtuQmo結成のきっかけになっている。1年前には京都でオリジナルの道具を使った初めて展覧会を行った。さらに今回は公募64組のなかからたった1組、出展作家として選ばれた。

 展示は1階ギャラリーが池田の木工作品と制作までの二人のやりとりの声の記録、地下のスタジオは映像、そしてシアターは公演と3つのスペースで行われている。

池田精堂の作品。引き出しをあけると、ポールダンサーのERIKAの手の画像と切り取ったポールが現われる=神戸市兵庫区
池田精堂の作品。引き出しをあけると、ポールダンサーのERIKAの手の画像と切り取ったポールが現われる=神戸市兵庫区
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 なかでもメーンはパフォーマンス。その本質は、使い手と作り手が互いに技術を集約させて身体と物の関係を見つめることで生み出される独自の表現にある。

 「わたしがどう使うかを提案して池田さんが取り入れて作る。その道具を、わたしはただおもちゃのように使って遊んでいるだけ」とERIKA。ときには馬のように、船のように、宇宙船のように、その道具は使い手のERIKAによってさまざまな意味を付与される。「いえ、ストーリーはないのです。オリジナルな動きでそう見えるのなら、とらえ方は見ている人にまかせます」

 こんな風に自由なERIKAに対して池田には明確な主題がある。「どうすれば、この人の体が見る人の目にきれいに映るか」という点だ。もちろん、安全性を考慮したうえで、ERIKAが新しい表現を引き出せるような道具を作り出さねばならない。「パフォーマンスのさなか自分が予測もしなかったことが起きることもある。だから、作っていてもあきないのです」

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 ユニット名は100年使い続けた道具には精霊がやどって妖怪となる、という「付喪神(つくもがみ)」にちなんで付けられた。

 将来像として池田が意識しているのは、シルク・ヴォスト(フランスの現代サーカスを代表するカンパニー)のような存在。ショーとアートの融合から生み出される「あやしの世界」をアルファベット表記にしたのは、世界を意識すればこそ。

 もちろん、そのtuQmoのアートの新しい地平を切り開く挑戦は、まだ緒についたばかりである。

     

 tuQmoの会期中の公演問い合わせは、神戸アートビレッジセンター(電話078・512・5500、https://www.kavc.or.jp/ )。

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 【プロフィル】正木利和(まさき・としかず) 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者。当コラムはスポーツとカルチャーの話題を中心にすることからネーミング。おみしりおきを。

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