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支援という名の“闘い” 西日本豪雨半年 消防に聞く(下)

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 西日本豪雨の発生3日目となる平成30年7月8日。緊急消防援助隊「大阪府大隊」の第一陣として広島市安芸区に入った牧野貢・浪速消防署救急担当司令(55)らの隊は、避難所や住民が残っている民家を回り、血圧のチェックや健康状態について聞き取りを行っていた。

 「どきどきする」「怖くて眠れない」「これからどこへ行けばいいのか」-。被災者は、牧野さんらにさまざまな不安を訴えた。

 「広く考えると、これも一つの救命活動じゃないかと思いながら回っていました。現場はもとの地形がどうなっていたかも分からないくらいひどい状態。被災地域の人全員が被災者であり、心にダメージを受けた『傷病者』だ、と考えることもできる」(牧野さん)

 救急隊は、災害発生から間もない急性期には、現場から助け出された人を速やかに病院に搬送するのが主な任務。大規模災害時には多くの救急隊、救急車が支援に向かうが、ほかにできる救急活動もある。

 牧野さんは「事前に命令はなかったが、現地に向かうときから、『もし避難所や被災者の住宅を回ることができれば、健康チェックも行おう』と考えていた」という。

 避難所などでの健康チェックは、平成28年4月の熊本地震の際、被災地を訪れた大阪府大隊が初めて行ったものだという。

     

 「東日本大震災では、多くの救急隊が被災地に支援に入ったが、傷病者の数が多すぎて救急隊が足りないほどだった。一方、熊本地震では、民家や避難所の被災者のところを救急隊が回る、という活動ができた。その経験を引き継ぎ、西日本豪雨のときに『生かした』形です」。そう話すのは、100隊400人からなる大阪府大隊の隊長を務めた大阪市消防局警防部司令課の居(い)波(なみ)安彦・警備方面副隊長(55)。今回は出発時点から、急性期の活動が終わったら、健康チェックを行うことを想定していたという。

 西日本で発生した過去の大規模災害時には、大阪から緊急援助消防隊がほぼ間違いなく派遣されてきた。今後も、大阪に緊急消防援助隊の出動が要請されるケースは多いと思われる。

 「被災者の目線に立って考える。安心を与えることも、緊急消防援助隊の大切な活動の一つ。災害支援に出るたびに、経験を重ね、知見を積み上げ、消防として自分たちが行うことのできる活動を考えていかないといけない」(居波さん)

      

 昨年は、大阪北部地震や台風21号など、大きな災害に見舞われ、大阪も自然災害と無縁ではない。居波さんは「南海トラフを震源とする大地震の危険性も叫ばれるなど、大阪でも確実に危機意識は高まっている」という。

 牧野さんは「都市部の府内の方が、独り暮らしのお年寄りは、より多いのではないか。災害時の避難を考えると、日頃からコミュニケーションが取れるような施設や、地域の仕組みがあった方がいいのではないか」と話す。

     

 この連載は広瀬一雄が担当しました。

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