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【正木利和のスポカル】一瞬がもつ永遠の力

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ロベール・ドアノー「市役所前のキス」1950年 何必館・現代美術館蔵
ロベール・ドアノー「市役所前のキス」1950年 何必館・現代美術館蔵

 まるで映画のワンシーンのようだ。

 「市役所前のキス」というタイトルのついたこの一葉は、フランスの写真家、ロベール・ドアノー(1912~94年)の撮影した写真のなかで、もっとも有名なものだろう。

 素知らぬ顔で人々が行き交う雑踏のなか、女の肩を抱いた男が彼女に唇を重ねる情景は、パリという街を舞台にくりひろげられた、恋人同士のメルヘンの世界といってもいい。

 ドアノーの自署が入ったこの写真は、いま京都市東山区祇園町の何必館・京都現代美術館で開催されている「ドアノーの愛した街パリ ROERRT DOISNEAU 展」に飾られている。

 「子供達」「酒場」「街路」など5つのテーマで構成された約60点からなる展覧会のなかの「恋人」の項の一枚として。

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 ドアノーは、パリ近郊で生まれ、版画を学んだあと、18歳のころ写真の世界に足を踏み入れた。

 22歳で、いま話題の自動車会社、ルノーの工場にカメラマンとして勤務するが、5年で解雇されている。理由は遅刻があまりにも多いためだった。

 その後、フリーで活動を開始し、フランス軍のカメラマンを務め、レジスタンス運動にも参加した。

 戦後、コダック賞を獲得し、ヴォーグ誌と契約。ニューヨーク近代美術館でウイリー・ロニスらと展覧会を行ったのち、1956年にはフランスの写真界で最も権威のあるニエプス賞を受賞した。

 彼は生涯、パリの雑踏を歩き、パリに生きる人々の姿を撮影し続けた。洗練されたエスプリを効かせた彼の写真は、そうやって生まれてきたのである。

 ドアノーの残した言葉が、それを物語る。

 《自分にとって大事なことは、大きな好奇心をもってパリの雑踏の中を自由に歩くことだ》

 彼の作品には「写真は創るものではなく探すものだ」という、ある種のジャーナリスティックな視点がこめられている。

 それゆえに、彼のファインダーをのぞく目は、いつも人間に向けられる。仮になにげない風景を撮影しただけのものだとしても、そこには人間の影やにおいのようなものまで写っているような気にさせられてしまうのである。

 後年、彼は映像にも関心を示し、短編映画を撮ったりもし、70代に入ると国立写真賞やレジオンドヌール・シュバリエ賞といった輝かしい経歴を身につける。

 しかし、彼は最後まで大きな好奇心を持って、パリの雑踏を歩き続けることをやめなかった。

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 何必館・京都現代美術館の梶川芳友館長がドアノーと出会ったのは、1985年に欧州を旅行しているときのことだったそうだ。

 「わたしは中学時代、写真部だったので、世界写真家全集でドアノーの子供の写真をよく知っていたのです。友人が、その有名な写真家に会ってみないか、というので」

 街を歩くと多くの人々から声をかけられ、レストランでのおしゃれな会話のなかにさりげないユーモアをはさむドアノー…。その人間的魅力に、梶川さんは出会ったその日のうちに、日本での個展開催を約束していたのだという。

 帰国して、ポートフォリオの作成を思い立った梶川さんは、彼に作品の選定を依頼したのだが、ドアノーからは「それは君が選びなさい」という返事がかえってきたのだという。

 「試されたのだと思います」

 梶川さんは、約3000枚のなかから1カ月をかけて50枚を選び出した。

 「ドアノーはそれを見ていったのです。『わたしが選ぶとしてもこの50枚になっただろう』と」

 87年、75歳の年に何必館で最初の個展が開催された。もちろん、すべてオリジナルプリントだ。

 「リップサービスかもしれないですが『わたしはあなたに出会うために写真を撮っていたのかもしれない』といわれたときにはほんとうにうれしかった。ちょうど美術にあきているときだったので、ドアノーとその写真からたくさんのことを教えてもらいました」

 ドアノーが亡くなったとき、やはり世界的な写真家であるアンリ・カルティエ=ブレッソン(1908~2004年)が梶川さんのもとにドアノーのポートレートを送ってきた。

 その写真もまた、現在、何必館に飾られている。

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 フランスのシラク大統領が在任中、何必館を夫婦で訪れたことがある。ドアノーの作品を見るためだ。

 「レジスタンスの闘士、ドアノーは憧れの的、大スターだ、といっておられた」と梶川さんはいう。

 さて、「市役所前のキス」である。

 1950年に撮影されたこの写真には、後日譚がある。役者志望だった女性は恋人とキスをするシーンのモデルとなり、サインの入ったその写真をドアノー本人から謝礼としてもらったのだが、10年あまり前、彼女はそのオリジナル写真をオークションに出品したのである。もちろん、高額で競り落とされた。半世紀を超えてなお、この一枚の写真が多くの人たちの心を震わせる魅力をもっているということの証であろう。

 ドアノーに、こんな言葉がある。

 《知らんふりをするのが、私の仕事には好都合だ》

 そこに演出があったとしても、知らんふりをして人影にまぎれ、偶然に出会ったような顔で撮影されたこの写真は、いつまでも変わることのない一瞬の魅力をたたえ続けてゆく。

     

 「ドアノーの愛した街パリ ROERRT DOISNEAU 展」は1月20日まで。

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