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再び寿司界の“主役”となるか 大阪寿司の魅力再発見

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吉野寿司の箱寿司。小鯛やキクラゲ、エビなど。すし飯の間にはシイタケや焼き海苔を挟んで押されている(鳥越瑞恵撮影)
吉野寿司の箱寿司。小鯛やキクラゲ、エビなど。すし飯の間にはシイタケや焼き海苔を挟んで押されている(鳥越瑞恵撮影)

 魚の切り身などのネタとすし飯を木型で押して成形する「押し寿司(ずし)」や「箱寿司」などを総称して呼ぶ「大阪寿司」が脚光を浴びつつある。今や寿司といえば江戸前の「にぎり寿司」が主役だが、実は大阪寿司の方が歴史が古い。どちらかといえば、今の寿司の中では“地味”な大阪寿司だが、今秋、「ミシュランガイド2019 京都・大阪+鳥取版」で初めて箱寿司の大阪の老舗が選ばれた。大手食品メーカーもPRイベントで盛り上げようとしている。(木村郁子)

■復権かける大阪寿司

 寿司のルーツは東南アジアにあると言われており、奈良時代前に日本に伝わったとされる。魚を塩と米でつけ込んで熟成させる製法で、滋賀の鮒ずしやなれずしに形を残す。江戸時代中期になり、やっと酢を使った現在のすしの原型「早ずし」が誕生する。

 大手食品メーカー、ミツカン(本社・愛知県半田市)が行った「寿司に関する実態調査」(平成30年10月、全国の20~69歳の男女2820人対象)によると、「郷土寿司知っているランキング」では、1位サバ寿司(京都)、2位江戸前にぎり寿司(東京)、3位マス寿司(富山)と続く。大阪寿司は8位と後塵を拝しているのが現状だ。

 この大阪寿司の“復権”をもくろんだのもミツカン。10月に、伝承料理研究家の奥村彪生さん(81)とタッグを組み、家庭でも手軽に作ってもらえる大阪寿司を紹介するイベントを行った。

 奥村さんが紹介したのはは、大阪寿司のすし飯の上にさまざまな具材を並べる「柿(こけら)寿司」。古くから大阪寿司の料理としてあったもので、シメサバ、穴子、エビなどを彩りよくのせる。奥村さんはさらに現代風に“アレンジ”。子どもが喜ぶツナマヨやハム、チーズが入ったものから、ワインや洋酒にもあうように、すし飯にトマトパウダーを混ぜてパプリカやサラミをトッピングした「イタリアン柿寿司」まで、12種類もの新しい柿寿司を紹介した。

 「もともと寿司は魚介を保存するための術。現在の嗜好(しこう)の変化に対応できる新たな寿司なら、家庭のホームパーティーや日本を訪れるインバウンド客にも受けるはず」と奥村さん。

■ミシュランに掲載

 大阪寿司にとって、今年は大きな出来事があった。ミシュランガイドのビブグルマンコーナーに、大阪寿司の老舗「吉野寿司」(大阪市中央区)がはじめて掲載されたのだ。

 吉野寿司は天保12(1841)年創業。7代目店主、橋本卓児さん(38)によると、江戸後期、旅籠屋を営んでいた初代、吉野屋嘉助が、家で作るのが常識であった寿司を、持ち帰り専門店に転業したのが始まりだという。

 タレで焼き上げる穴子、塩と酢でしめた天然小鯛、すり身が入った厚焼き卵、肉厚の干しシイタケなど、手間暇かけて食材を調理し、箱寿司の形に昇華したのは明治初期。三代目、寅蔵が考案したという。

 縦横二寸六分(約8・5センチ)の長さの箱におさめたところから「二寸六分の懐石」とたとえられるほど、計算された配列と彩りは美しく、かみしめることでうま味が口の中に広がる。芝居見物やハレの日の料理、おもたせとして、当時の船場の旦那衆に絶大な支持を得たという。

■じっくり味わって

 先の大戦が終わり、関西でも江戸前の寿司が急速に広まった。大阪寿司を作っていた店の多くが江戸前へと転換した。にぎり寿司と平行して箱寿司を復活させた吉野寿司だったが、7年前、代替わりしたばかりの橋本さんが、「箱寿司一本でいく」と決めた。当初、売り上げは激減したものの、外注していたネタを、すべて店の職人たちの手で作るように変えるなどしていった結果、大阪の人たちにも再び箱寿司を食べてもらえるようになった。

 「できたてがおいしさのピークである江戸前寿司と異なり、押すことでネタとすし飯が密着する大阪寿司は、酸化しにくく、すぐに食べなくてもおいしさは持続します。江戸前は職人のための『ファストフード』、大阪寿司は『スローフード』といえるのです」と橋本さん。

 全国各地の郷土寿司に詳しく、寿司研究の第一人者である清水すしミュージアム(静岡市)名誉館長、日比野光敏さん(58)は「郷土寿司の数は全国に約200種以上ありますが、残す努力をしないと次世代に伝えられない。大阪寿司をはじめ、郷土寿司に光が当たるのはとても好ましいことです」と話している。

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