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【石野伸子の読み直し浪花女】小松左京・不滅のSF魂(7)大阪万博を成功させるには 知恵と情報、何よりも…

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大阪万博(1970年)期間中、小松左京は国際SFシンポジウムの実行委員長もつとめた。左端はアーサー・C・クラーク
大阪万博(1970年)期間中、小松左京は国際SFシンポジウムの実行委員長もつとめた。左端はアーサー・C・クラーク

 「私たちにとっては、万国博という、おおがかりな国際的娯楽をつくり上げることが目標ではないのだ。本当の目標は、すばらしい技術と文明をうみ出しながら、なお現在、多くの無理解による対立矛盾、アンバランスや不調和に悩まされているこの世界において、たとえごくわずかでもいいから、矛盾を解決し、かぎりなく多様な要素からなる世界全体、人類全体の幸福をおしすすめよるようなポイントを見出すために、万国博という、知恵と情報の世界的交流の場をつくろうとしているのだ」

 ちょっと長くなったが、前回紹介した新刊「やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記」(新潮文庫)の中から引いた。

 2025年の国際博覧会(万博)が大阪で開催されることが決まった。55年ぶりに大阪で開かれる万博への期待がさまざまに語られる中で、小松左京の当時の奮闘記を読むと、また新たな感慨をもって胸に迫る。中で、先の文章は万博の理想を語って印象深い。

 「矛盾の多いこの世界のために何ができるか考えよう」という謙虚な姿勢。昭和41(1966)年、万博ムードが高まる中で博覧会協会が企業対象に行った講演会のための資料「万国博はもうはじまっている」にあるものだ。

 理想を語る人は多いが、理想を形にできる人は少ない。大阪芸術大学芸術計画学科長の犬伏雅一教授(68)は「現実に対する絶妙な距離の取り方こそ小松左京の魅力であり、現代の私たちが小松左京に学びたいところだ」という。

 犬伏教授率いる大阪芸大芸術計画科はことし7月、大阪のあべのハルカスにあるスカイキャンパスで寄託資料などをもとに「小松左京展」を開催した。テーマは「メディアを横断するプロデューサー」。

 「漫画、文学、映画。万博も彼にとっては未来志向のひとつのメディア。場の力を信じ、恐れず突き進んでなお、自分の仕事にフィードバックできる力。そこがすごい。さらにおっちょこちょいで粘り強い大阪人気質もみえる。この姿勢こそ、多くの選択を迫られる現代に求められるものではないか」

 東京オリンピックから大阪万博まで。小松にとっては33歳から39歳という働き盛りだった。押し寄せる仕事に忙殺されながらも、科学技術の進歩に目を見張り、最新の生命科学、宇宙と地球、人類の未来に関心を深め、それらを短編、長編、エッセー、評論、ルポに書きまくった。

 大事なのは知ること、考えること。代表作のひとつ「果しなき流れの果に」に、主人公の野々村が夜空をみつめ、無限の星と同化するシーンがある。

 「もはや心臓は凍りつき、熱い動悸(どうき)はうたなくなったにもかかわらず、彼の胸は、生きることとはまた別な、冷たい歓喜に波うちはじめ、身は一かけの星屑と化しながら、なお無限と虚無と永遠と知り合うことに、はげしいよろこびを感ずるのだった。--おれはいま幸福だ」

 小松左京にとってSFとは何か。著書「SF魂」にこう書いている。

 「歴史的事実も、現実の社会も、相対化することで初めて見えてくるものがある。一種の思考実験だ。思考実験は最初は哲学から出てきたものだが、それを科学に応用して、まったく違う地平を開いたのが量子力学とアインシュタインの相対性理論。では文学でどうかと考えた時に、それが可能なのはやはりSFしかない」

 SFとは思考実験、ホラ話、文明論、落語などと続けて、最後にこう締めくくる。

 「SFとは希望である

 日本沈没、首都消失など数多くの困難を人々に課した小松左京はときに悲観的とみられるが、SF作家のかんべむさしさん(70)は、その中核にヒューマニストをみる。

 こんな文章を紹介してくれた。紀行文「火の島・アイスランドにて」(『遠い島遠い大陸』所収)。昭和49年、小松は本島の南にある人口5千人の小さな島を訪ねる。島は前の年に、海底火山の噴火で突然大地が裂けるという未曾有の災害を経験していた。

 しかし、住民は噴火から逃れられない島の運命を甘受し、島を愛し、暮らす覚悟をして、降り積もる火山灰の上に牧草の種子をまいていく。案内人が「ここはもと緑の牧場だったからね」と肩をすくめる。

 「灰の下一メートルで摂氏七百度にもなるという地熱と、六月の陽の光をあびて、その種子は、もううす緑色の小さな芽を出していた。何という人たちだ! 本当に何という人たちだ!」

 希望を捨てず前に進む。いまこそ知恵と情報をプロデュースできるヒューマニストの登場が求められる。    =この項おわり

     ◇

【プロフィル】石野伸子 産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。

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