PR

【正木利和のスポカル】夢枕獏とハロウィンの謎

PR

大阪展で俎皿を見る夢枕獏さん。大阪のあとは京都に巡回する=大阪市中央区
大阪展で俎皿を見る夢枕獏さん。大阪のあとは京都に巡回する=大阪市中央区

 《奇妙な男の話をする。

 たとえて言うなら、風に漂いながら、夜の虚空に浮く雲のような男の話だ。》 こんな文章で始まる物語が1988年に単行本で出版された。

 その「奇妙な男」の物語は、30年たったいまも作家によって書き継がれ、2度も映画化されている。ことしの平昌冬季五輪フィギュアスケート男子シングルでは、その作品に想を得、フリーを舞った羽生結弦が、66年ぶりの2連覇を果たした。

 「奇妙な男」は、平安時代の貴族、安倍晴明。本のタイトルは「陰陽師(おんみょうじ)」。奇っ怪な事件を親友の源博雅と鮮やかに解決してゆく晴明は、どこか名探偵、シャーロック・ホームズを思い起こさせる。

 こうした伝奇小説をはじめ、山岳小説「神々の山嶺(いただき)」やSFの「魔獣狩り」シリーズなど数々の作品を手がけている作家、夢枕獏さん(67)たちが、アート作品を作ったので、「ぜひごらんください」と先日、高島屋から連絡が入った。

 しかし、どう考えても、夢枕獏とアートが結びつかない。とにかく…。

 《「ゆこう」

 そういうことになった。》(陰陽師「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」より)

   □    □

 高島屋大阪店の美術画廊全体を使って3日に始まった「天野喜孝×叶松谷×夢枕獏展『バロルの晩餐(ばんさん)会 ハロウィンと五つの謎々(なぞなぞ)』」(9日まで)の会場を初日早々たずねた。天野さんといえば、「タイムボカン」や「ファイナルファンタジー」でおなじみのイラストレーター。叶さんは京焼の伝統を受け継ぐ陶芸家である。いわば、その3人の共同展で、陶芸作品やイラストなど62点が展示されており、夢枕さんも俎皿に書をしるした作品5点と作陶したオブジェを1点出品している。

 「きっかけですか? 20年ほど前から岐阜にあるわたしの釣り小屋に3人で集まって遊ぶようになったことですね」

 もともと天野さんとは本の表紙や挿絵の関係もあって30年を超える長いつきあい。その天野さんと叶さんが知り合いだったことから、趣味である陶芸の技術指南のため、釣り小屋に来てもらうようになったのだそうだ。

 「(釣り小屋は)陶芸もできるようになっているので年に2、3回集まっては、わたしが物語を書いて、絵を天野さんがつけて、叶さんが器を作って…」

 そうした「遊び」の作品の量が増えていったことから、「どこかで展覧会でもしましょうか」ということになった。で、いまから8年前、京都高島屋で「楊貴妃の晩餐」という展覧会を行った。夢枕さんの書いた、楊貴妃が蓬莱宮に玄宗皇帝や高力士、阿倍仲麻呂、李白を招待して晩餐会を開く、という内容の戯曲をモチーフに、叶さんが器をつくり、天野さんが絵付けをする、というかたちで作品を作り上げていったのである。

   □    □

 「今回は高島屋さんの方から、クリスマスかハロウィンをテーマにもう一回やりましょう、とお話をいただいて。9月にKADOKAWAから出した本(『バロルの晩餐会 ハロウィンと五つの謎々』)をもとに絵付けをし、器を作りました」

 本の内容をかいつまんでいうと、ハロウィンの夜、タックという男の子とチーマという女の子の兄妹が猫竜のふわふわ、ジャック・オー・ランタン、天使のプリエルと謎解きの旅をする、という物語。

 ハロウィンは古代ケルト人の祭りで、日本でいえばお盆のようなものらしい。季節の変わり目である10月31日に先祖の霊が訪ねてくるのだが、同時に魔女や悪い霊もかえってくるため、悪霊から身を守るために仮装をしたのが起源となっているそうだ。

 昨年6月には、3人でその源流を求め、フランスを旅した。「ケルトの文化が(フランス北西部の)ブルターニュに残っているのです。そこには古代ケルト語を話す人もいる。そして、海に消えるように続く巨石。本は3年がかりでつくったので、もうストーリーはできあがっていたのですが、海の向こう、英国で古代ケルト人の巨石文化の遺跡、ストーンヘンジとつながっていると思うとね…」

 この人の好奇心は、洋の東西を問わないらしい。

   □    □

 夢枕さんには悪いが、天野さんの挿絵原画や叶さんの陶磁器のなかにあって、その作品はどこかつたなく映る。俎皿にイッチンで書かれた文章も、四角く角張った文字で風流にはほど遠いし、競作したスフィンクスのオブジェも3人のなかでは最も素人っぽい。けれどもなぜか、その「初心」に目が引っ張られる。

 「イッチンって、陶芸用のスポイドみたいなものを使って書くので難しいんですよ。だから考えずに原稿用紙に書くふだんの字で書きました。へたに書家の方がやるようなことをすると失敗するから」

 それにしても、なんともうらやましいではないか。どこか古代中国の竹林の七賢のような文人を思わせる人生の楽しみ方。

 「確かに、違うジャンルが集まる異業種交流会のような楽しみがあるんです」

 「次ですか? やりたいですけど、僕らもみんな60代後半だから…。あと1回くらいかな? 」

 無理をしないから、いつもさわやかなのだろう、きっと。

 ふと思った。

 「風に漂いながら、夜の虚空に浮く雲のような男」は実は、夢枕獏その人なのではないか、と。

     ◇

 「天野喜孝×叶松谷×夢枕獏展『バロルの晩餐会 ハロウィンと五つの謎々』」は10月24日から30日まで、京都高島屋6階美術画廊に巡回。入場無料。

 【プロフィル】産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。

この記事を共有する

おすすめ情報