PR

【正木利和のスポカル】あの美人書家「紫舟」が挑む21世紀の文字表現

PR

インタビューに答える紫舟=大阪市中央区
インタビューに答える紫舟=大阪市中央区

 文字は、言葉を記録・伝達するための手段として生まれた。

 かつては、その文字を読み書きできる人だけが、情報を得る、あるいは発信することができた。

 古代中国には「書は以て姓名を記すに足るのみ」(書は自分の名前を書くことができればそれで十分。天下を取るにはそれより兵法の方を学ぶほうが肝要だ)という言葉を残した項羽(紀元前232~同202年)という豪傑もいたが、情報は戦略や治世に重要な武器となり得た。ゆえに、「読み書き」は、権力を握る貴人たちのたしなみになってゆく。

 長い漢代などを経、4世紀に入り王羲之(303~361年)という人物が現れるころにはもう、美しく書かれた文字が世間で珍重されるようになっていたようだ。彼が書をしたためた扇が高く売れた、という逸話が現れるからである。

 「書」というものの芸術性を確固なものにした王羲之は「書聖」と呼ばれることとなり、彼の書は後世の人々の手本となってゆく。

   □    □

 書家でアーティストの紫舟(ししゅう)が26日から大阪市北区の阪急うめだ本店( http://www.hankyu-dept.co.jp/honten/ )のギャラリーで個展をするので、取材をしてもらえないか、と同僚から依頼があった。

 確かに、書は美術担当の持ち場である。で、取材で指定されたビルの会議室へ向かった。しばらく待っていると、ワンピースにスニーカーをあわせた女性が現れた。

 彼女の書は、2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」や美術番組「美の壺」などのタイトルで、だれもが一度は目にしているに違いない。書道界の芥川賞と称せられる第5回手島右卿(ゆうけい)賞も受賞している。

 ところが、本名をはじめ年齢など、プライバシーは明かしていない。

 インタビューは小さな情報を接ぎ穂に、話を進めてゆくことも多いが、こうした人へのアプローチはなかなか難しいものである。

 そこで、「紫舟」という名前から近づこうとした。

 「英語でいうとパープル・ディンギーですね」

 それが彼女のお気に召さなかったようである。

 「ディンギーよりもっと大きい…」

 美しい紫色をした小舟が水面をたゆとうイメージは、こうして手厳しく非難されてしまった。

 やれやれ。

 紫という色は難しい。

 たとえば、衣類などに取り入れるには、ほかの色とあわせにくいように思う。高貴な色といわれるにはなるほど、それだけの理由があるのだろう。

 中学時代から使っている「紫舟」という名に触れたのがまずかったか…。で、まずは書に親しんだきっかけや、書家になった理由からそろそろと近づいた。

 「書道は6歳から始めて小学校で特待生になってあがり。中学、高校になるとまた段位が下がって、そこからスタートになります。高校卒業を機に(書道は)やめて勤めました。(OL時代は)ファクスを流すとき、強いメッセージを先方に届けたいと思ったときに、筆を使って書いて送っていました」

 「書家というのは自称です。資格がいるものではありませんから。団体に所属したわけでもなく、ただ町で幾度も展覧会をしていきました。そうやって人に見てもらうことをあきらめないように、努力を繰り返しました。表現をさらさなければ、表現者は成長できないと思います」

 好きな書家を聞くと、言下にいない、という答えが返ってきた。

 「手本にした師匠なら安藤忠雄さん」

 戦後の建築界に新風を吹き込んだ人の名前が挙がったのは意外だ。

 「ほかにも、書家になったばかりのころ、京料理や蒔絵(まきえ)、陶芸などの人間国宝など、本物の和の一流の人たちをを紹介してもらい、そうした人たちの作った品を見ることで目を育ててきました」

 研鑽(けんさん)を積み、いまや書だけでなく、絵画から書の立体彫刻やデジタルアート作品といったさまざまな作品の制作までを手がける。

   □    □

 書は、実は王羲之よりずっと以前から造形芸術としてとらえられていた。たとえば後漢の祭●(=災の火が邑)(132~192年)ははけを使ってのたくったように書く飛白体という書体を編み出す。それは唐に渡った空海により、日本にも伝えられた。

 のちの清代などでも古典の研究が進み、新しい筆法や絵画のような書体がいくつも生まれている。

 紫舟の新しさは、そうした文脈のなかで西洋と向き合いながら造形芸術としての書をとらえようとしたことにあった。

 「海外に出品したとき、書はもっと評価の高いものだと思っていたのが、まったくもって通用しませんでした。西洋には一筆で書く文化はなく、絵画も絵の具を重ねていって結果がよければそれでいい。でも、日本の書は二度書きを禁じています。一筆で書く。だから美しいものを描くには鍛錬が必要です。そうしてそこにたどり着くのが道なのです。高い精神性というものをアジアは知っている」

 今回も展示されている透明な円筒形の空間に文字を浮かせた「書のキュビズム『流水の香』」は、筆圧の強弱を可視化することでワンストロークの美をパリの人々に訴えかけた作品だ。

 また、「絵描きになりたかった」という彼女は、鮮やかな色彩を使った「火の鳥」といった絵画作品や、浮世絵と書を融合させた新しい春画などにも挑んだ。今回の展示点数は85点におよぶ。

 かつて「書に遊ぶ」という雑誌の「21世紀に書は生き残れるのか」という問いに、古筆学者の故小松茂美は、型から逸脱した禅僧、一休の書が現代に評価されている理由を「個性があったから」だと語り、そこに書の生きる道を説いていた。

 その意味で、紫舟はAI時代に書の生き残りをかけて闘う戦士のようにも見えてくるのである。

     ◇

 「紫舟イズム 新しい書」は阪急うめだギャラリーで10月8日まで。入場無料( https://www.hankyu-dept.co.jp/honten/h/gallery_sisyuism/index.html )。

▼阪急うめだギャラリー(外部サイト: https://www.hankyu-dept.co.jp/honten/h/gallery_sisyuism/index.html )

そのほかの「ベテラン記者コラム」を読む 

正木利和 正木利和 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。以後、おみしりおきを。

この記事を共有する

おすすめ情報