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【ボストンから一言(20)】旧朝鮮総督府の爆破解体「愚かなことをした」 韓国政府に対する嘆きの声

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 私の友は皆年上なので、学ぶことも多いのに、私を残して先に逝ってしまう。これは辛く寂しいだけでなく、聞いた昔話を確認したくとも、もはやそのすべもない。

 去年の夏に亡くなった韓国人のHさんの語った数多い思い出話のいくつかは、彼女のご主人と中学時代から終生の友だった、現在韓国に住むR氏に確かめることができるので大きな助けとなっている。

 Hさんは、韓国政府の政策にかなり批判的だった。慰安婦問題においても、当時、韓国に住んでいた自身の経験を基に反論していた。賢い上に、なかなかの皮肉屋さんだから、私はHさんの話に「なるほど」と納得しながらも、なにか滑稽でもあった。

 例えば、「韓国人は“大”と付けば、なんでも立派に見えると信じているのです。国名を『大韓民国』としただけでは満足せず、多くの橋にも『大』を付けて新しい橋名を付けました。そんなお金があるなら、国民のために使うべきでした」と話していた。

 ■日本人なら確か

 日韓併合条約を結んだ大韓帝国内閣総理大臣の李完用(イ・ワンヨン)の曾孫で、私の友人の一人であるSさんの家に厚い歴史書「朝鮮史」のシリーズ本があるという話をすると、Hさんは「それは韓国人によって書かれていますか」と聞くので、「いいえ。朝鮮総督府が莫大(ばくだい)な国費を使って編纂しました。なぜ聞くのですか」と問い直した。

 「韓国人は歴史を変えてしまいますが、日本人によって書かれたものなら確かなものですね」と断言するHさんの顔を思わず見つめてしまうこともあった。

 中でも1995年、時の大統領である金泳三(キム・ヨンサム)氏によって爆破解体された旧朝鮮総督府の建物に関しては「韓国政府は愚かなことをした」と怒りと悲しみを持って話していた。

 この建物は、日本統治時代に日本政府によって建設され、建築美術としても非常に価値ある壮大な大理石でできていたという。

 ■爆破解体に大反対

 Hさんは旧朝鮮総督府の爆破解体について、知られざる話をしてくれた。

 「韓国政府は、屈辱的な植民地時代の象徴である旧朝鮮総督府の建物を爆破する瞬間を、海外で名をはせ活躍する韓国人たちを選んで列席させました。渡航から宿泊まで全て国費招待をしたのです。(米国で韓国関連組織の幹部だった)主人のもとにも届きました」

 「韓国のある大学で1年間教えることになっていた時期が同じこともあって私たち夫婦は招待を受けましたが、爆破撤去には大反対でした」

 「支配されたという歴史は、建物を壊したからと言って消えるものではありません。それよりも、後世に残してこそ、現実のものとして真実の歴史を伝えることができます」

 「当時の韓国政府には、建物を他の場所に移転するだけの財力があったはずです。しかし、それをせず、爆破したことは金泳三氏が自分の力を誇示したかっただけです。あれほどの建物は、もう二度と建てることはできません。実にもったいないことをしました」

 「あの日が暑かったのか曇っていたのか記憶にありません。外に用意された椅子に座り破壊の瞬間を見たことは忘れることはできません」

 Hさんのように旧朝鮮総督府の爆破解体に反対していた韓国人は他にもいる。

 韓国に住むR氏の妻が解体反対運動にその身を費やし、力及ばなかったその落胆ぶりは傍らで見るのも辛かったと聞いたことがある。R氏にメールを出してみた。

ここからは私のがんの治療に関するお話です

 YMCA(キリスト教青年会)が、がん患者を対象に開いているクラス「Live Strong(強く生きる)」の3カ月コースの初回の集まりには、私を含めて13人が参加した。

 女性が11人、男性が2人という内訳で、初めに各人が自己紹介と病歴を述べた。すると、女性の半数以上が乳がん経験者ということには驚かされた。

 また、男女とも太った人が多い。クラスにおける3カ月間の達成目標を説明された後、広いテーブルの上に、トランプの倍以上の大きさがあるカードが何枚もばらまかれた。

 カードには、いろいろな絵が描かれており、自分の気に入ったカードを2枚選んだ後、どうしてこのカードにしたのかその理由を皆に説明をする。

 ある人は、手にしたカードの絵をみんなに見せながら、「この家族だんらんの絵は、わが家を思い出させる」と延々と家族の自慢話をしていた。

 ほとんどの参加者は、取り上げたカードの絵と自分の家族の似通った点を話す。米国人は、初対面の人にも家族写真を見せることが好きな国民だ。水を得た魚のように延々と家族の話を続ける女性たちもいる。

 ただ私にとっては、会ったこともない家族の話を聞くほど退屈なことはない。

 私はといえば、ピンクの豚1匹が描かれたカードを選んだ理由を「愛らしいから」と説明し、もう1枚のカードは、若い親子3人が田舎道を歩く後ろ姿を選んだ。

 選んだ理由として「半ズボンから出る父親の脚があまりにも魅力的だったので」と言うと、手をたたいて大笑いをする人たちもいた。

 これから3カ月間、彼らと一緒に各種のエクササイズをすることとなる。

◆       ◆

 【プロフィル】新田多美子(Tamiko Arata) 大分県津久見市生まれ。73歳。1983年に米ボストンに移住し、日本などからの留学者向けに住居の手配、生活用品の買い物、車購入と自動車保険など生活の立ち上げサービスの仕事をしている。

 現在は、がん治療を受けながら働く毎日。治療では、スイスのロッシュ社による新薬の免疫チェックポイント阻害剤「アテゾリズマブ」を使っている。早く認可が出た米国で、実際の治療を通して知見が得られている最新治療を受けることを聞いた私の回りの日本医師たちは、口をそろえたように「幸運だ」と言う。

 日本が恋しいわけではないが、誰よりも日本を愛し誇りに思う。ボストンから見る日本や、少し変わった日常の出来事などをコラムにし、日本ではまだ認可されていない最新のがん治療の様子も紹介していきます。

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