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【正木利和の審美眼を磨く】目に突き刺さる溪仙の群青

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冨田溪仙《「列仙」のうち「西王母」》大正9(1920)年 顔料、紙 滋賀県立近代美術館蔵
冨田溪仙《「列仙」のうち「西王母」》大正9(1920)年 顔料、紙 滋賀県立近代美術館蔵

 基本の色に配色のアクセントをつけるために差し込む色を「差し色」という。

 グレーのスーツに明るい色のネクタイを締める。あるいは、明るい色のポケットチーフを差す。

 そんな風にファッションで使う言葉なのだが、絵画を見ていて、ときおりその言葉が浮かぶことがある。

 それは、洋画、日本画を問わず、いわゆる、色彩画家(カラリスト)と呼ばれる人の絵に多い。

 たとえば、夭折(ようせつ)した洋画家たちの絵でいえば、関根正二(1899~1919年)の「信仰の悲しみ」にみるバーミリオンであり、村山槐多(1896~1919年)の「バラと少女」のガランス。

 関根の朱色は、ベースとなる寒色のなかで、まるで自己の内面の情熱のように燃えている。村山の茜(あかね)色もまた、貧しさのなかで渇望する希望の色のように輝いている。

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 和歌山市吹上の和歌山県立近代美術館( http://www.momaw.jp/ )で「院展の画家たちIII 禅僧の如(ごと)き風姿-冨田溪仙の画境」を見た。

 いま大規模改修のさなかの滋賀県立近代美術館のコレクション作品5点のほか書簡などの資料8点で、冨田溪仙(1879~1936年)という、深い味わいのある絵を描いた日本画家を紹介する展示である。

 彼の絵を見ていて気づくのは、目に突き刺さらんばかりに飛び込んでくる色がある、ということだ。

 群青(ぐんじょう)。

 それを差し色のごとく、効果的に使う。

 たとえば「淡路島」という作品のなかの波の色。

 あるいは「保津鮎釣」という作品の岩陰の色。

 冷たく冴(さ)えわたったその色は、関根のバーミリオンや村山のガランスのように、溪仙という画家の個性を表しているのではないかと思うのだ。

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 溪仙は福岡・博多の商家に生まれ、18歳のときに日本画家、都路華香(つじかこう)の書生となった。華香は四条派、幸野楳嶺(こうのばいれい)門下の四天王とうたわれた人物だったから、若いころの溪仙は、同世代の木島櫻谷(このしまおうこく)や橋本関雪のようなしっかりとした歴史画を残している。

 ところが、彼はそこにとどまっているのをよしとはせず、さまざまなものを貪欲に吸収しようとした。

 20代後半には奈良や京都で仏画を研究し、さらにギリシャ正教の教義を学んだりもしている。

 また、江戸期の画僧、仙崖(せんがい)の禅画に心酔したかと思えば、富岡鉄斎の南画や欧州の表現主義にも心を寄せる。

 彼の魂は、ひとつのところにとどまるのを拒むかのようにさまよい続けた。その身もまた、魂と同様に北海道から沖縄まで、諸国を放浪する。

 そうして、しばらく画壇と距離を置いたが、1912年に文展に出品した南画風の筆致の「鵜船」が入選。それが巨匠、横山大観に認められ、その後は大観が創設に寄与した再興院展で活躍することになる。

 「冨田はいろんな風にいわれるが、よほど自分をつかんでいる人だ」

 大観は溪仙をそう評した。

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 自分の絵に関して、溪仙は「俺は常に寄り食いだ」と語っていたといわれている。

 確かにその技法は、中国の南画から大津絵のような庶民のみやげものの絵まで取り込んで、自ら「わしの絵は盗み絵じゃ」と称していた鉄斎とよく似ている。

 取り込んだものを学び尽くし、そしてそれから離れるときに、学んだことが自分の血となり肉となってゆく。そうやって彼の絵はだれもまねできない自在の境地にゆきついた。

 そうした柔軟な人間性は、人の器量も育む。

 鉄斎が羅振玉(らしんぎょく)、呉昌碩(ごしょうせき)といった中国の著名な文人と交わったように、溪仙もまた、俳人の河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)やフランスの詩人、ポール・クローデルらとジャンルを超えた交友関係を築いている。

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 同館の藤本真名美学芸員は溪仙の絵について「円山四条派に学んだ達者な腕があったにもかかわらず、仙崖や南画に傾倒して技巧を排すようになった」と語る。今回の展示も、前述の絵の他に自在の境地に遊ぶ絵が並んでいる。

 なかでも「西王母」は、あえて巧拙を超えようとしたのではないか、と疑わせるほど女性主人公の顔などを稚拙に描く。上手に描こうという色気から解放された、自由で軽快な筆づかいは、うぶな魅力を絵のなかにもたらした。

 その一方で、色彩表現には工夫をこらす。

 絵の左半分は、不老不死の仙薬、桃が描かれていることから未来を示していると考えられる。対照的に右半分は過去であろう。主人公の西王母の上着と右側の侍女には「保津鮎釣」の岩陰の色である群青を効かせ、過ぎ去ったときを静かに表す。

 波の鮮烈、岩陰のやすらぎ、過去の陰影…。溪仙の群青は多くのニュアンスを含んでいる。そして、その色の鋭利なみずみずしさによって、おおらかさに流されそうになる絵をぐっと引き締める。

 それは、古画から洋画までさまざまなものを吸収して絵というものを真摯(しんし)に学んだ溪仙ならではの「差し色」なのである。

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 「院展の画家たちIII」を含む「コレクション展2018-夏秋」は10月21日まで。9月17、24日、10月8日を除く月曜と9月18、25日、10月9日休館。

▼和歌山県立近代美術館の「コレクション展2018-夏秋」紹介ページ(外部サイト:http://www.momaw.jp/exhibit/now/2018summer-autumn.php )

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正木利和 正木利和 産経新聞文化部編集委員。入社は、いまはなき大阪新聞。産経新聞に異動となって社会部に配属。その後、運動部、文化部と渡り歩く。社会人になって30年強になるが、勤務地は大阪本社を離れたことがない。その間、薄給をやりくりしながら、書画骨董から洋服や靴、万年筆に時計など、自分のメガネにかなったものを集めてきた。本欄は、さまざまな「モノ」にまつわるエピソード(うんちく)を中心に、「美」とは何かを考えながら、つづっていこうと思っている。乞うご期待。

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