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【正木利和のスポカル】「僕の作品をスティングが…」79歳美術家、堀尾貞治のあたりまえの熱さ

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レイアウトを終えたばかりの個展会場で熱っぽく語る堀尾貞治さん=大阪市中央区
レイアウトを終えたばかりの個展会場で熱っぽく語る堀尾貞治さん=大阪市中央区

 もういい年になるので、取材対象に叱咤(しった)激励されるケースというのは、ほとんどなくなってしまった。若いころは、ほめられることはないくらいのもので、しかられては励まされ、ということがしょっちゅうあったが、そんな年でもなくなってしまった、ということなのだろう。

 取材する人たちも、年下であることが増えた。彼らが何かを思ったとしても、遠慮することだってあるだろう。

 ところが、先日、久しぶりに厳しい言葉を頂戴し、ブルッと身の引き締まる思いをした。

 インタビューの相手は戦後、関西で登場した前衛美術グループ、具体美術協会(具体)のメンバーだった現代美術作家、堀尾貞治さん(79)である。

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 いま、堀尾さんは大阪市中央区上本町西の楓ギャラリー( http://www7a.biglobe.ne.jp/~kaede-g/ )で個展を開催中(7月29日まで)だ。

 「忙しゅうて困るわ」

 聞けば、ベルギーのアート・ディーラーで、コレクターでもあるアクセル・ヴェルヴォールト氏の招きで、5月31日から6月11日まで、アントワープで展覧会をしていたのだという。

 「10メートルを超える作品やら、大きな作品を20点ほど展示しました。ほかにもアクセルが画用紙に描いた作品を100点ほど集めてくれて、それも。パフォーマンスもやったし、気球に乗ったりもしてね、楽しかったわ。そうそう、僕の作品をスティングが買うてくれましたわ」

 もちろん、あの英国出身のミュージシャンのことである。

 さらに、今回と並行して東京・三鷹市でも個展があり、それが終わるやいなや神戸と東京・神田で、と展覧会はめじろ押し。とにかく息つく暇のないほどの売れっ子美術家なのである。

 その堀尾さんの今回のギャラリー楓での展覧会「堀尾貞治展-あたりまえのこと-“楓ギャラリーでの四角連動”」を、ひと目見ておこうと猛暑のなか手入れの行き届いた和風の庭をもつ会場へ足を運んだ。

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 ギャラリーの壁面は、堀尾さんらしい絵で埋まっていた。

 画用紙に不透明水彩を使ってスピーディーに描き上げた作品群だ。その数約200点。このあたり、「生きていること自体が表現になる」という堀尾さんらしい。なにせ、作品を1分で仕上げてしまう「1分打法」の“強打者”なのだから。もちろん、その「打法」は「貞治」つながりでもじったもの。

 堀尾さんは、1966(昭和41)年に具体のメンバーになった。具体は吉原治良(1905~72年)という前衛芸術の先駆者を代表として「決して人のまねをしない」という信条を旨に活動した美術家集団である。

 吉原の死とともに、その集団は消滅したが、白髪一雄や元永定正らその遺伝子を引き継いで優れた仕事をした作家たちを輩出した。

 堀尾さんもしかりで、会社勤めをしながら、1985(昭和60)年から「空気」という見えないものを可視化することにこだわって絵画やオブジェをつくり、パフォーマンスなどでも表現してきた。

 今回、「四角」をモチーフにした約200点を展示しているが、絵画作品は画用紙を四角に縁取りしたなかに鮮やかな色を使って筆を走らせたものや、逆に中央に下敷きのようなものを置いて縁取りの部分だけを四角く描いたもの、あるいははがき(DM)に彩色して画用紙にはったものなど、さまざまな技法で制作されている。

 まるでライトをカバーする四角いマス目の枠に呼応するかのように、作品は天井にまで貼られてあってスペース全体がテーマに沿ったものに仕上がっていた。

 「四角」にこだわった理由もまた、この作家らしい。「阪神や阪急電車に乗るやろ。車窓からビルが林立している光景のなかでたくさんの窓が見える。これを作品にしよう、四角をつかまえるんや、と。空気感はそういうところにあるんやね」

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 なるほどなるほど、と聞いていると…。

 「そうや。こないだ東京に行ったとき、ある人と話しとってね、日本の現代美術がだめになったんは、書き手がいなくなったせいや、それで美術が衰退してっとんのちゃうか、いうことになったんや」

 なんともきついお言葉である。

 「抽象的なものを見る力を失ったんやね。新聞社にもそういうジャーナリストがいなくなった」

 耳が痛い。

 「芸術は人間を豊かにする。われわれはそこに命をかけて生きてきている。ロマン、生きがいや。せっかく生きているんやから、どんどんいかな」

 「だから、あんたにもがんばってもらわんと。たのむで」

 そういって、ポンと肩をたたかれた。

 かつて、堀尾さん宅をうかがったとき、多くの作品と一緒に、さまざまな言葉が書かれた紙が貼られていたことを思い出した。

 《芸術にやりすぎはない》

 《即興から発狂へ》

 そうした生身の言葉の強さに、驚かされたものである。

 傘寿を前にしている、というのに、まだまだ熱いのである。

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 若いころには、難しいこというおっさんやなあ、と思った吉原もとうになく、その吉原の亡くなった年をずいぶん上回ってしまったことに、堀尾さんは感慨を抱いている。「おっさんより量が違う。いうたら、先生、怒りよるかな(笑)」

 けれども、師の吉原を量でしのいだ、という気持ちはある。「もーやん(元永定正)がよう言うとった。どんなにコンクールで落選しようがマラソンと一緒や、最後で抜いたら勝ちやで、て」

 いい年だ、などといってはいられない。堀尾さんに接すると、そんな気分にさせられる。そして、思うのだ。あの熱に応えなければ、と。

楓ギャラリー( http://www7a.biglobe.ne.jp/~kaede-g/ )

▼楓ギャラリー(外部サイト:http://www7a.biglobe.ne.jp/~kaede-g/ )

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正木利和 正木利和 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。以後、おみしりおきを。

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