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【正木利和のスポカル】ゲバラ、ケネディ…銃社会への静かな糾弾 エリオット・アーウィットの世界

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エリオット・アーウィット「ジャクリーン・ケネディ、アメリカ」1963年 何必館・京都現代美術館蔵
エリオット・アーウィット「ジャクリーン・ケネディ、アメリカ」1963年 何必館・京都現代美術館蔵

 2月に米フロリダ州の高校で銃乱射によって17人が犠牲となった事件以来、米国ではこれまでにないほど銃規制を求める声が高まっているという。

 かの国の法で認められている、自分を守るための道具であるという銃は、人をあやめる道具であるという側面も持っている。

 銃規制派と擁護派の対立は、どこか軍拡競争に似ている。規制が声高になればなるほど擁護派はかたくなになってゆく。規制派が声高になってきた昨今、全米ライフル協会への献金が増えているというのだから。

 なんとも皮肉である。

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 京都市東山区の何必館・京都現代美術館( http://www.kahitsukan.or.jp/ )で、「エリオット・アーウィットの世界 Elliott Erwitt展」を見た。

 ロシア人の両親のもとでパリに生まれたエリオット・アーウィット(1928~)は、1950年からプロ写真家として活動を始め、25歳のとき、あの「ちょっとピンぼけ」の著書でおなじみの高名なフォトジャーナリスト、ロバート・キャパの推薦で、キャパやアンリ・カルティエ=ブレッソンらが設立した写真家集団のマグナムに加わった。

 若くしてマグナムに入った彼がキャパに見いだされたのは兵役のときに撮影した軍隊生活の写真だった。それが「ライフ」の新人写真家コンテストで入選を果たしたのである。

 銃を背負った軍服姿の黒人の若者が、ファインダーをのぞくアーウィットの方に舌を出してみせている。なるほど、戦場カメラマンのキャパが好きそうな写真だ。

 マグナムの第二世代として評価をえていったアーウィットは、さまざまな一瞬を切り取った。とりわけ、「フォトジャーナリスト」として世界のなかの歴史的な瞬間に立ち会った彼の写真は、強い印象を残すものが多い。

 女優、マリリン・モンローが「7年目の浮気」という映画のなかで、地下鉄の排気口の上に立ってスカートをおさえる有名なシーンなどは、彼女の健康的なお色気を世界にふりまくのに一役買った。

 いわば「ときの人」の横顔を、彼ほどうまく写した人は少ないだろう。

 最も印象に残った写真は1964年に撮影された「チェ・ゲバラ ハバナ、キューバ」だ。エルネスト・ゲバラはアルゼンチン生まれのキューバの革命家である。撮影されたのは敵対していた米国に滞在し国連総会で演説した年だから、彼の生涯のなかでもある種、絶頂期にあったころといっていい。

 軍服を着てキューバの特産品である葉巻をくゆらす彼の目のやさしさ。

 そう、彼は夢をみている。

 アーウィットは、きっとゲバラのなかにある夢想家の一面を、この写真で表現したのだ。

 理想を追い、常に貧しい者の味方であり続け、反米の立場でゲリラ戦に命を散らすことになる革命家の将来を、まるで予期していたかのように。

 この写真が飾ってある上の階、あたかもゲバラの視線の先にキューバ革命の際の盟友、フィデル・カストロの肖像写真がある。

 その2枚を見比べたとき、理想に生きるゲバラという男の美しさはさらにまぶしく映る。

 そのゲバラは、数年ののちボリビアで銃殺される。

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 1962年、ゲバラらの革命によって生まれたキューバに、核ミサイル基地が建設されていることを米国の偵察機が発見する。キューバと軍事協定を結んだソビエト連邦(ソ連、現ロシア連邦)の核が運びこまれた、いわゆる「キューバ危機」である。

 米ソの交渉で、全面核戦争は回避されたが、もし両国の間で核戦争が起これば、それぞれ1億人が亡くなったろう、といわれている。

 このときの米大統領はジョン・F・ケネディ。今回の展示の1階には、のちに凶弾に倒れたそのケネディの葬儀のときの1枚が飾られている。

 被写体は、喪服姿の彼の妻、ジャクリーン。そして彼女の向かいには、ジョンの弟のロバートが写っている。のちに、このロバートも、兄同様、銃で暗殺されることになる。

 ゲバラとカストロ、モンローとケネディ…。さらに、ソ連首相のフルシチョフとニクソンを写したものもあり、人と人との因縁も感じるのだが、それ以上にこの展覧会は「銃」に対するアーウィットの意識を示すもの、という風にも感じられるのである。

 ケネディ兄弟、ゲバラら銃で命を落とした人々ばかりではない。1950年にピッツバーグで写した黒人の少年がこめかみにピストルをあてる写真、1955年にコロラドで写した車のウインドウの弾痕に右目をあてた写真などは、銃社会への「抗議」として読みとくよりほかにないものだ。

 写真という作品を通して、彼は人間の良心に問いかける。

 これほどの尊い命を奪ってきた「銃」というものが、ほんとうにこの社会に必要なのか、と。

 彼の目がとらえた「ショット(写真)」は、もうひとつの「ショット(銃撃)」を静かに糾弾する。

 6月10日まで開催。

▼何必館・京都現代美術館( http://www.kahitsukan.or.jp/ )

▼何必館・京都現代美術館(外部サイト http://www.kahitsukan.or.jp/ )

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正木利和 正木利和 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。以後、おみしりおきを。

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