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【石野伸子の読み直し浪花女】梶井基次郎「檸檬の伝説」(5)宇野千代と厳粛な恋愛が生んだ傑作の数々 「僕が死ぬとき手を…」

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昭和3年撮影の宇野千代。梶井基次郎との関係がうわさとなり尾崎士郎と離婚(日本近代文学館提供)
昭和3年撮影の宇野千代。梶井基次郎との関係がうわさとなり尾崎士郎と離婚(日本近代文学館提供)

 無名の文学青年・梶井基次郎と新進作家・宇野千代の接近。

 2人の関係はあっという間に人々の噂になった。何しろ、人妻と若者とが人目もはばからず、伊豆の温泉宿で話し込んでいるのである。まずは千代の夫である尾崎士郎が黙っていない。

 尾崎は親分肌で周辺に作家仲間も多かった。さまざまな噂が届く。尾崎と梶井がついに決闘にいたったという話が作家仲間の間に流れたのは昭和3(1928)年1月のことだ。尾崎はそのことを小説に書いている。

 「お、とわたしは低く叫んで立ちあがった。胸の底で何か一つの堅い殻がぱちん!とはぢけるやうな音を聞きながらわたしは右手に握りしめた煙草を火のついたまゝふりかざして、一気に彼の面上に敲きつけた(略)彼は猛然として立ちあがった。よし、やろう。さあ来い!」(「悲劇を探す男」)

 周囲が止めに入り、千代も押さえに入る。その肩をつきとばし「貴様におれをとめる資格があるのか」と叫んだ…。

 むろんここには創作が入っているだろうが、梶井との間でひと騒ぎあったことは宇野千代も書いている。千代と尾崎はその後、離婚。「その晩を一つの境として私の家庭生活は崩壊した」と尾崎はエッセーに書いているが、果たして2人の夫婦関係がこわれたのは梶井とのことが原因だったかどうか。

 宇野千代は晩年、瀬戸内寂聴のインタビューに答えて梶井との間には何もない、としてこんな言葉を残している。

 「私は面食いでしょ。あの男は男の中の一番面くわずなの。だから私は惚れるはずはないのよ」(「おとこと文学と」)

 確かに梶井は男前ではない。宇野千代がかかわった男たちといえば、尾崎士郎、東郷青児、北原武夫、みんな男前だった。

 しかし、梶井との関係を書いた文章にはこんなものもある。

 「或る種の男と女との間では、浮世の世界で言う恋愛には決してならない、しかし或る高揚した心の瞬間を感じることがあるものです。形はどこにも現われないし、また、この瞬間を名付けるべき言葉も見当たらないのですが、私はやはり愛の一種だと思うのです。梶井基次郎との短い交友の間にも、しばしば、この瞬間があったのではないか、といまでは考えます」(「私の文学的回想記」)

 梶井を語るとき「尊敬」という言葉も使った。文学に対する態度、美しいものを愛する繊細な心。千代は独特の感性で梶井の魅力を感得したか。

 梶井は体調が回復しないまま大阪の親元に戻る。2人はその後、多少の交流をもつが、千代は東郷青児との恋愛に突入する。東郷と知り合うきっかけは心中場面を書くため東郷を訪ねた結果だったが、その小説のタイトル「罌粟(ケシ)はなぜ紅い」をつけたのは梶井だったというのも切ない話だ。

 千代と東郷とのスキャンダルを遠く大阪の病床で聞きながら、梶井はまもなく逝った。「僕が死ぬときには大阪に来て手を握ってくれますか」と話したという梶井は、千代に何の連絡もしなかった。梶井の死を知ったのはずっと後だったと千代は書いている。

 「梶井は生来、ほれっぽいところがあった」と文芸評論家の鈴木貞美さん(70)はいう。しかしいつも一方的に恋心を寄せるだけ。その意味では「梶井の生涯におけるただ一度の厳粛な恋愛で、2人の間には確かな通い合いがあっただろう」とみる。

 梶井自身は千代について何も書き残していない。しかし、宇野千代と出会った湯ヶ島時代、美と不安が交錯する短編名作をいくつも書いている。

 「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!」で始まる「桜の樹の下には」。梶井の最高傑作と評価の高い「冬の蠅」。

 谷間の温泉宿に療養にきた「私」は、日光浴をしながら同じ光の中にいる冬の蠅をじっとながめる。

 「何という生きんとする意志であろう!彼等は日光のなかで交尾することを忘れない。恐らく枯死からはそう遠くない彼等が!」

 その「中ぶらりんの意志」を見るのに耐え切れなくなった「私」は、無謀な外出をし山道をさまよう。

 「私の神経は暗い行手に向って張り切り、今や決然とした意志を感じる。なんというそれは気持のいいことだろう(中略)私は残酷な調子で自分を鞭打った。歩け。歩け。歩き殺してしまえ」(「冬の蠅」)

 切ない恋心が作品の上に凝縮されたのだとしたら、それは私たちにとって幸運な恋だったといえる。   =続く

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石野伸子 石野伸子 産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。

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