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【正木利和のスポカル】世界がアトリエ ボンビーガールにも出たアート界のシンデレラ、河野ルルの「不思議ちゃん」ぶり

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不思議ちゃんアーティスト、河野ルル。笑顔もとてもチャーミングだ=大阪市浪速区
不思議ちゃんアーティスト、河野ルル。笑顔もとてもチャーミングだ=大阪市浪速区

 ある日、彼女の隠れた才能は花開いた。

 旅先、それも海外で、突然に…。

 そこから、ほんの2年あまりの間に、人生はどんどん変わっていった。

 これは、一風変わった30歳女性のシンデレラストーリーである。

   □    □

 名古屋市に住む河野(こうの)ルルは新進気鋭の画家だ。

 すらりとした長身に整った顔立ち、モデルにだってなれそうなルックスである。

 まるで風邪薬のような名前は、本名であるという。

 ウソのようなホントの話である。

 父親の仕事がテニスのコーチという関係もあって、彼女は中学生のころからテニスに打ち込んできた。

 「中学は軟庭でした。高校は硬式テニス部だったのですが、女子部員がいなかったので、結局、3年間、毎日壁打ちとサーブ練習ばかり。それでも、意地でテニスを続けていました

 テニスが強い東海学園大学に進んだが、ここでも女子部員はひとりだけ。しかし、4年間、がんばった。

 多分に執着が強い。

 「高校、大学と女子のキャプテンでしたから、就職のときは役立ちました

 テニスをすっぱりやめて企業に就職し、経理担当になったが、1年続かずにあっさりとやめてしまった。

 このあたり、割り切りも早い。

 会社勤めでためたカネで、美しい夜空の星をながめるためにモンゴルに渡った。

 「旅行って楽しいですよね

 もどって再度、就職したのは地図の会社。古い地図をもって、建物の確認などに出向く仕事だから、いろんなところに行けるのは楽しかったが、そこも1年でやめた。

 で、次は動物病院で使う機器の製造会社のアフターサービスの仕事についた。

 飽きっぽい性分なのだろうか。

 ともあれ、がんばって3年働いて150万円を貯めた。

 案外、堅実なところもある。

 しかし、そのお金を持って再び旅へ。

 矛盾した性質の持ち主のようで、根っこは風来坊…。

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 ベトナムに飛んだのは、2015(平成27)年のこと。カンボジアから、タイ、ネパールへ。そこに1カ月いて、今度は歩いてインドへ。さらにスリランカからトルコに飛ぶ。

 そこから、イタリア、スイス、フランス、ベルギーを回ってモロッコへ。さらにポルトガルにもどり、1カ月働いて、メキシコに渡った。

 「メキシコで死者の祭りというのがあるんです。それを見たかった。お盆みたいなものですかね。お墓の廻りで宴会したりするんです

 ところが、その祭りは3カ月先。どうにかして、その間をメキシコで過ごせないか、と考えた。

 「メキシコって壁画の文化があるんです。宿の壁にも描いてある。それもいろんなジャンルの絵。これならわたしでもいけるんじゃないか、と壁に絵を描くからただで泊めてもらえないか、と宿にかけあったんです

 太陽とくだもの、野菜の絵を描いたら、これが絶賛された。

 絵心なんてないし、もちろん絵画の教育などは受けていない。ただ、旅先でスケッチするのは、かっこいいな、とスケッチブックは携えていた。トルコのイスタンブールでひょんなことから老画家と出会って自分の絵を見せたら、親指を立ててほほえんでくれた。

 その絵が、メキシコでも受け入れられた。

 水も飲んでいいし、食べ物もあげるから絵を描いて、と頼まれるようになった。「絵を描くのって、テニス以上だ。もっとやりたいな」と思っているうちに3カ月がたち、年末に日本に戻ったのだそうである。

 帰国して、就活しなきゃとあちこち受けたが、正直に「絵がやりたい」と言い続けたために連敗続き。結局、「絵でやっていこう」と親元を離れて古い家屋を借り、自活を始めた。

 「自作の名刺をあらゆるお店に、ただで描きます、と配ってました。あやしまれましたね。うちのネコを描いてって依頼をいただき3000円もらったこともありました

 レモンケーキの店の壁にレモンの木を描いたり、ラウンジなどでアルバイトもしながら1年、なんとか乗り切った。このころ、貧しくたって楽しく生きてる女性たちを紹介するテレビ番組「幸せ!ボンビーガール」にも出演したらしい。

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 彼女の人生が変わったのは、昨年の11月。大阪で開催された「アンノウン・アジア 2017」だ。日本、中国、台湾、香港、韓国、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナムなど、アジア10カ国から総勢200組の若手クリエイターが出展したアートフェアで、彼女は日本人で初めてのグランプリを獲得したのである。

 自然や生き物をモチーフに、独特の色彩感覚で描く彼女の作品を初めて見たとき「なんだ、これは」と思ったというのは、ギャラリー、DMOARTSのPR担当、笹貫淳子さん。「見てるだけで気分が高揚するすごい力があるんです」

 壁画はアクリル絵の具を使い、絵画は水彩絵の具を使う。「画材にお金をかけられないから」。そうして下絵を描かずに一発描きで勝負する。発想の源はインドやメキシコの布。強く鮮やかな色調と不思議なデザインは、放浪のなかで知った、プリミティブなもののなかから生まれてきたに違いない。

 受賞後、ことし1月の大阪国際女子マラソンのポスターやFM802の春のキャンペーンのビジュアルを依頼されたり、台湾から制作依頼が舞い込んだり、DMOARTSでの個展(4月27日から5月10日まで)が決まったり、ここまでの半生を綴(つづ)った本を出版(『絵を描くことに恋をして』(桜山社刊・1400円+税) http://www.sakurayamasha.com/ )することが決まるなど一躍、売れっ子に。

 けれども、また放浪の虫がうずいてきたようだ。

 「旅行して思ったのはアートもなにもない貧しい国の保育園や孤児院で壁画を描いて、子供たちに明るくなってほしいなということです。今度、アフリカに行きます

 独学で身につけた英語でアフリカにメールをしたら、「うちの学校に壁画を描いてくれ」という返事がマラウイ共和国から届いたのだそうだ。

 「世の中すべてアトリエ。世界中の人と会って絵を描いていきたい

 外見に惑わされてはいけない。このシンデレラの靴は、きっと思っているより頑丈だ。

▼河野ルルのサイト「 galeria de Lulu 」(外部サイト: http://lulu-image.tumblr.com/ )

そのほかの「ベテラン記者コラム」を読む 

▼河野ルル、半生本『絵を描くことに恋をして』出版元「桜山社」サイト(外部サイト: http://www.sakurayamasha.com/ )

正木利和 正木利和 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。以後、おみしりおきを。

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