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【正木利和の審美眼を磨く】川端康成の目と吉仲正直の絵

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ベテラン記者コラム

川端康成の目と吉仲正直の絵

正木利和の審美眼を磨く更新
吉仲正直「呂律妙」2014年 何必館・京都現代美術館蔵 1/3枚

 ノーベル文学賞を受賞し、日本の美というものを世界に知らしめた作家、川端康成(1899~1972年)は、大の美術ファンとしても名高い。

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 それも、かなりスジのよい目をもっていたことで知られ、収集のテリトリーも古代の埴輪(はにわ)から現代アートの草間彌生まで、とにかく広かったらしい。

 ただ、やはり好きな分野というのはあって、本命は文人画だったのだという。

 1948年に16巻の全集を出したとき、その印税で池大雅、与謝蕪村の合作「十便十宜」を手に入れた。すでに重要文化財の指定を受けていたが、「お金はなんとかなるでしょう」といって購入したようだ。

 のちに、それは国宝の指定を受けることになる。

 ノーベル賞を受賞した記念講演は「美しい日本の私」というかたちで本になっているが、そのなかで川端は「東洋画の精神」として禅僧、一休の次の道歌をひく。

 《心とはいかなるものを言ふならん 墨絵に書きし松風の音》

 そうした日本の美の精神をもっともよく表現している、と川端が思ったに違いない絵を一枚挙げるとすれば、浦上玉堂の「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」であろう。

 「別冊太陽」(平凡社)の「101人の古美術」のなかの川端の項には、この絵について次のように記されている。

 「さて、浦上玉堂の凍雲篩雪図であるが、これは何年越しかで川端がねらっていた絵で、幸運なめぐり合いで手に入れたものの由」

 この川端所蔵の雪景を描いた山水図もまた、国宝に指定されている。

 その絵は、画家が酔っては描き、醒(さ)めては筆を置きして描かれたものだといわれている。雪山の幻想的な雰囲気は筆の勢いにまかせて表現されている一方で、木々をはじめ山中で読書する人物には繊細な筆致が用いられ、雪に埋もれた自然の寂寥感が見事に描き出された玉堂畢生(ひっせい)の名画だ。

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 その「凍雲篩雪図」が脳裏に浮かんでくる絵を、京都市東山区の何必館・京都現代美術館( http://www.kahitsukan.or.jp/ )で開催されている「表象への祈り 吉仲正直展」で見た。

 それは、2014年に縦100センチ、横81センチのキャンバスに描かれた油彩画で「呂律妙(ろれつみょう)」と題されていた。

 きっと画家は支持体を白い絵の具で丹念にこしらえたに違いない。その上に散った黒い線。その線の集まったところに、うっすらとした物の影(かたち)が見える。

 その白が雪の色、線の集積が雪雲や山の形を思い起こさせるのである。

 この絵を描いた画家は、もうこの世にはいない。吉仲正直(1942~2016年)は大阪に生まれ、早大で美術史を学んだ。卒業後、自動車販売会社に勤めたが、すぐに退社して画家への道に進む。いくつかの受賞を経て30代のはじめに渡欧。帰国後は大阪芸大で教鞭(きょうべん)を執りながら、創作を続けていった。

 1970年代は人体をモチーフにした絵画をいくつも残し、評価を得ていた。たとえば、明治洋画壇の巨匠、黒田清輝(1866~1924年)が女性の裸身で抽象概念を表現した「智・感・情」をモチーフにして描いた「備忘録 智・感・情」(1977年)などである。

 88年には文化庁の研修員として韓国に留学、翌年には現代日本美術展で東京国立近代美術館賞を受賞する。

 吉仲の絵はのちに具象とも抽象ともつかない独特の世界を切り開くが、デッサンを「実践哲学」と位置づけ、描きながら思索を続けた彼に影響を与えた画家が、ポスト印象派のポール・セザンヌ(1839~1906年)と抽象表現主義のバーネット・ニューマン(1905~70年)であった。

 吉仲のデビュー時から交流があった何必館・京都現代美術館の梶川芳友館長によると、彼はセザンヌが描き続けたサント・ヴィクトワール山を旅し、ニューマンの回顧展に出かけたのだそうである。セザンヌの「塗り残し」の意味を考え、鑑賞者に感覚を伝えようとするニューマンの表現に感銘を受けたことで生まれてきたのが、2014年から制作される連作「呂律妙」だった。

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 梶川館長は2月2日付産経新聞夕刊の「何必拾遺」のなかで次のように記す。

 《これまで吉仲の絵は、執拗(しつよう)なまでに線を描き重ねて全体を埋め尽くし、余白のない画面が大半だった。以前、私はそのことが気にかかり、吉仲に対し、セザンヌの「塗り残し」の作品を挙げ、余白の「光」について話をしたことがある。それは単に描き「加える」のではなく、描かないことによって、光を引き出し、留めることができる。セザンヌの対象を捉える多視的・多次元的な描写は、山水画における余白の空間に近いものを内包しており、描かず留め置く意識は、優れた作品には不可欠の要素ではないか、と伝えた》

 2015年に吉仲のアトリエに呼ばれた梶川館長は、そこにある「呂律妙」に「絵の声」を感じたというが、この文を読んで、そのなかに玉堂の雪景山水画のイメージを感じ取った自分の感性も、まんざらではなかったと、少し安心している。

 吉仲はその翌年2月、がんで逝く。

 彼の絵に対する修練は、闘病中のスケッチブックを見ればひと目でわかる。

 「絵の準備ばかりしている。絵がはなれていくような気もする」

 吉仲が残したメッセージには俳人、尾崎放哉(ほうさい)の句のような、あきらめにも似た悟りがある。

写真ギャラリー

  • 吉仲正直「備忘録 智感情(感)」1977年 何必館・京都現代美術館蔵
  • 吉仲正直 模写 久隅守景「納涼図屏風」2015年 何必館・京都現代美術館蔵