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【大阪平成30年史(4)】“西の横綱”の地位を築いた…USJオープン(平成13年)

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“西の横綱”の地位を築いた…USJオープン(平成13年)

大阪平成30年史(4)更新
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのオープン初日の様子。多くの来場者で混雑した 1/3枚

 平成13年3月31日午前7時、小雨が降る中、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーさんも参加して行われたオープニングセレモニー。大阪にハリウッドの夢が広がり、米国映画のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ、大阪市此花区)が開業した瞬間だった。

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 「かつて誰も経験したことのない巨大プロジェクト。大阪が未来に向かって飛躍することを確信した」と振り返るのは、運営会社「ユー・エス・ジェイ」の財務担当として大阪市から出向していた高橋敏夫さん(62)=現・大阪港トランスポートシステム社長。今でも感動を忘れないという。

 米ユニバーサル・スタジオ社が国内での誘致を断念する直前に手を挙げたのが大阪市だった。関西の地盤沈下が続き、ソフト中心の集客都市への転換を目指していた大阪市にとって「多様なコンテンツと集客力、雇用をもたらし、まさに“渡りに船”だった」(高橋さん)。

 8年2月のユニバーサル・スタジオ社との最終合意以降、さまざまな場面でとられた米国流の経営手法には悩まされることもあったが、いざ開業してみると、「ジュラシック・パーク・ライド」や「ジョーズ」など、ハリウッド映画の世界を体験できるアトラクションが人気を呼び、1年目で、当初の予想を上回る1100万人以上が入場。東の東京ディズニーランドに対し“西の横綱”の貫禄を示したスタートになった。

 市は21年に全株式を売却して、経営から撤退したが、完全民営化したUSJは、「ハリー・ポッター」シリーズをテーマにしたエリアをオープンさせるなど、ファミリー層を開拓し、28年度の入場者は1460万人と3年連続で過去最高を更新するなど、V字回復を果たした。

 高橋さんは「行政に(テーマパーク経営の)限界があったのは否定できない。ただ、バブル崩壊後の金融危機など、暗かった時代に光を当て、関西の元気回復の起爆剤になったことは誇りに思う」と話している。

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  • オープニングセレモニーに訪れた俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーさん