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【インフラ再考】災害対策の最前線(3)迫る南海トラフの脅威、避難徹底で「死者ゼロ」目指す

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 台風5号が高知・足摺(あしずり)岬をかすめ、近畿地方に向かって海上を進んでいた。8月7日午前4時55分。大阪市内には大雨・洪水・高潮注意報が発令された。市内の水門や防潮扉などの防災インフラを閉鎖する際の司令塔となる大阪府西大阪治水事務所(同市西区)の監視操作室に約50人が駆けつけてきた。職員のほぼ全員。いやがうえにも室内は緊迫した空気に包まれた。

 大阪市内には約108万人の人口と資産が海抜ゼロメートル地帯に集中しており、いったん高潮や洪水が発生すれば壊滅的な被害を受けかねない。実際、昭和25年9月のジェーン台風により、高潮による浸水被害などで死者・行方不明者は500人以上に上った。

 こうした被害を受け、府内には水門や防潮扉など計600基を超える防災インフラが整備されている。注意報・警報の各レベルで閉鎖するものがそれぞれ決まっており、今回もその一部を閉鎖。台風5号が大阪に最接近するタイミングは、折悪く大潮の満潮時間帯と重なっており、高潮被害も現実味を帯びていた。

 「大阪市内に上陸すれば大きな被害が出かねない」

 職員らが動向を注視する中、台風は和歌山県北部に上陸して北東へと向かったため、注意報は運良く解除された。

 13万4千人が死亡

 大小多くの河川と海に囲まれる大阪では水門や防潮扉に加え、府は海岸や川岸に総延長約850キロの防潮堤や河川堤防を整備している。計画では、5千人を超える死者・行方不明者を出した昭和34年の伊勢湾台風級の超大型台風による高潮でも対処は可能だが、これらをもってしても防ぎきれないのが南海トラフ巨大地震だ。

 府が平成25年に公表した被害想定に基づくシミュレーションによると、軽々と防潮堤を乗り越えた津波が川を遡上(そじょう)。沿岸部の住宅をのみ込みながら黒い濁流となって梅田の地下街にも流入し、JR大阪駅前の歩道橋の階段部分も水没する。

 大阪市沿岸部を中心に約1万1千ヘクタールが浸水し、最悪の場合、約13万4千人が死亡。死者の99%(約13万3千人)は津波や堤防決壊など浸水被害によるものとしている。

 今後30年に70%の確率で発生するとされるマグニチュード(M)8~9級の地震に一体どう備えるのか。

 大阪府と兵庫県の境を流れる神崎川の沿岸に広がる同市西淀川区は地震による液状化で防潮堤が決壊し、津波到達前に浸水する危険性が特に高い。厚さ1メートル程度の防潮堤を挟んで、水面よりも低いエリアにマンションや戸建てが立ち並ぶこの地区などを含め、府は26年度から集中的に防潮堤(計約8キロ)の耐震強化対策を実施している。基礎部分を円柱状のセメントに換える改良工事はすでに昨年度に完了。35年度までに、泉州方面までの約57キロ分の防潮堤や水門の耐震工事を進めていく。これらのハード対策によって浸水面積は半減し、死者数を約7200人にまで減らせると見込んでいる。

 ハード対策には穴も

 大阪府と同様、海抜ゼロメートル地帯が広がる愛知県でも対策が進む。同県では、南海トラフ地震で最大約2万9千人が犠牲となり、うち約1万3千人が津波や浸水による死者と想定。名古屋市西部などの海岸の防潮堤に鋼板を打ち込む補強工事や、地盤の改良工事などの対策を行っている。

 ただ、こうした取り組みにもまだ「穴」はある。地震の揺れにより、防潮扉のレールにゆがみが生じれば扉が閉まらず、津波による浸水を防ぐことができないからだ。府の担当者は「ハード対策に加えて、高いところに逃げるといったソフト対策も徹底させることが重要だ」と指摘する。

 被害が集中する大阪市では、公共施設やマンションなどの高層階に逃げる「垂直避難」を推奨しており、先月までに2158棟が津波避難ビルに指定された。

 地域単位の対策も進む。神崎川と左門殿(さもんど)川に挟まれた中州にあり、最大5メートルの津波が想定されている西淀川区の佃(つくだ)地域。防潮堤に囲まれたこの海抜ゼロメートル地帯では、防災マップの作製や高齢者への声かけ活動、体の不自由な人を高層階に運ぶ訓練などに積極的に取り組んでいる。佃地域活動協議会の平田房夫会長(74)は「日々の努力の積み重ねと『一人も見逃さない』という思いで、犠牲者を限りなくゼロに近づけたい」と力を込める。

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