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【スポーツの瞬間】バラエティ界「快進撃の巨人」…柔道家・篠原信一が道場で激怒した日

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バラエティ界「快進撃の巨人」…柔道家・篠原信一が道場で激怒した日

スポーツの瞬間更新

 リオデジャネイロ五輪の柔道に出場する日本代表男女各6人(男女の最重量級を除く)が決まった。お家芸といわれるニッポン柔道。日の丸をつけて戦う選手たちにはプレッシャーがかかるが、中でも最も重圧がかかるのが男子の重量級だ。猪熊功、山下泰裕、斉藤仁、井上康生ら名だたる柔道家が五輪で頂点に立ったが、その栄誉を「誤審」によって阻まれた選手がいる。テレビのバラエティ番組で人気者となっている篠原信一さん(43)だ。

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有働アナも泣いた誤審

 「まだそんなこと聞くんですか」。2001年夏、ミュンヘン(ドイツ)での世界選手権を前にした選手取材が行われていた天理大の柔道場に怒鳴り声が響いた。怒りの主は篠原。前年のシドニー五輪についての質問に対する反応だった。

 篠原を襲ったシドニーの悲劇。バーミンガム(英国)で開かれた1999年世界選手権で2階級制覇を成し遂げ、金メダルを期待されて臨んだ大舞台での男子100キロ超級。順調に勝ち進み、決勝の相手はダビド・ドイエ(フランス)。試合開始1分半すぎ、ドイエが仕掛けてきた内またに対し、篠原の内またすかしが決まったかに見えた。副審の一人は篠原の一本勝ちと判定した。勝利を確信した篠原もガッツポーズを見せた。

 しかし、有効のポイントが与えられたのはドイエ。試合はドイエの優勢勝ちで終わった。金メダルのはずだった篠原は誤審によって、メダルの色を銀に変えられたのだ。日本中が誤審に怒った。NHKの有働由美子アナウンサーは涙ながらにこのニュースを伝えた。

笑いの才能は現役時代から

 篠原は「自分が弱いから負けた」と恨み言は口にしなかった。その約10カ月後、誤審についての現在の心境を聞かれ、道場で激怒。気まずいムードが流れ、本人がまだ気持ちの整理がついていないことを感じさせた。

 現役時代、身長190センチ、体重135キロ。練習や試合で見せる迫力は半端じゃなかった。表情も鬼気迫るもので、怖くて強い柔道家だった。

 ただ、現在のテレビ番組での面白さは、その当時からあった。関西人らしく、よく周囲を笑わせ、大学の後輩の野村忠宏からいじられて苦笑いする場面も多々あった。「篠原先輩の柔道着は大きすぎて、洗濯機に入れても回らないんですよ」という野村のネタは、真偽はともかく、よくできた話だった。またシドニーの誤審にかけ、「篠原先輩は先生方から『銀メダルでも金メダルと同じ価値』といわれて『報奨金は金の金額かも』と言っていたが、やっぱり銀の金額しかもらえず、がっかりしていた」という際どいネタもあった。

 04年のアテネ五輪のころ、2人のトークの完成度の高さに目をつけたあるテレビ局の関係者から「コンビで売り出したい」という申し出が全日本柔道連盟にあったという話もある。

 08年北京五輪後、男子の代表監督に就任。12年ロンドン五輪は史上初の金メダルゼロに終わり、責任をとって辞任した。それ以来、柔道界と直接のつながりはない。

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