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【日本人の座標軸(46)】今の青少年は「携帯を持ったサル」…スマホにない真の心の交流とは

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今の青少年は「携帯を持ったサル」…スマホにない真の心の交流とは

日本人の座標軸(46)更新

 山上憶良が万葉集でこんな歌を詠んでいる。

<< 下に続く >>

 白銀(しろがね)も黄金(ごがね)も玉もなにせむに優れる宝子にしかめやも

 解説はいるまい。子供に勝る宝はないと歌っている。今から約1300年前、当時の子供の数は現在よりはるかに少なかったようだが、人間関係はむしろしっかりしていたようだ。

 今では連日のように子供が親に殺害されたり、虐待されたりする事件が起きている。近所同士が殺し合う事件も珍しくない。この歌が詠まれた頃は、電気も水道もない。今思えば想像を超えた貧しい時代であったが、家族の絆ははるかに強かったのではなかろうか。

 過日、テレビを見ていると、女子高校生の4割が1日に6時間以上スマートフォンや携帯に時間をさいていると報道していた。多くの高校生や中学生が、平均数時間ネットを使っているという。コミュニケーションは十分とれているように見えるが、それは仮想空間の世界で、現実は顔と顔が向き合った真の心の交流はないようだ。

 『ケータイを持ったサル「人間らしさ」の崩壊』(中公新書)を読んでいただきたい。今の青少年は携帯を持ったサルになっているのではなかろうか。

 大人も同じだ。東京に行ったおり、地下鉄に乗ると全員と言ってもよいほど、皆がケータイかスマホか知らないが、一心不乱になって親指を動かしておられた。本を読んでいる人や会話をしている人はなく、「へー、何とまあ…」と思わず独り言を言ったことがあった。そうした体験をした数日後、偶然CS放送で映画「緑の小筺(こばこ)」を見た。概要は次の通りである。

 《ある日、妻のもとへ、夫が乗っている捕鯨船が難破したとの連絡が入る。思い悩んだ妻は床に伏してしまう。一人息子が「“お父さん早く帰ってきて”と書いた手紙をお父さんが作った木箱に入れて、家のそばの小川に流すと、お父さんに届くかもしれないね」と母に相談する。雪の日の朝、願いを込めた手紙を、父が作った木箱に入れて小川に流す。木箱は川がいてついて止まったり、猿や野ウサギにけ飛ばされたりする。春になって氷が解けると、また流れ出す。魚を釣っている少年に触られたりしながらダムを越えて、ようやく海に出る。最後は鯨に飲み込まれて胃袋の中に収る。その木箱が偶然、捕鯨船上で鯨の胃袋を解体していた父の目にとまり、自分が作った木箱だと気づき、手紙を取り出して読む。父親は子供の願いに応えて故郷に帰り、久々に母子と再会する》

 有り得ないような話だが、私は小学生の頃、汗の臭いのする古い木造の体育館で、すきま風で波打つにわか作りのスクリーンに映されたセピア色のこの映画を、小さな胸をときめかせながら見たのを鮮明に覚えている。もう70年近く昔の話だ。

 私が小学生の頃には、こんな歌がはやった。

 ♪とんとんとんからりと隣組 格子をあければ顔なじみ 廻して頂戴回覧板 知らせられたり 知らせたり…

 これが昔のコミュニティーの姿であった。近所同士の殺人事件などなかった。今ではエベレストの頂上であろうと、地球の裏側であろうが、瞬時に携帯電話で話し合える時代になっている。しかし、その中に人間臭さや井戸端会議がみられない時代になったような気がする。

 足立勝美氏は5月8日に死去しました。ご冥福をお祈りします。

■足立勝美(あだち・かつみ) 兵庫県立高校教諭、県立「但馬文教府」の長、豊岡高校長などを務め、平成10年に退職。24年、瑞宝小綬章受章。『教育の座標軸』など著書多数。個人通信「座標」をホームページで発信。養父市八鹿町在住。鳥取大農学部卒。