産経WEST for mobile

【大阪国際女子マラソン】「お母さん、完走したよ」…がん闘病の母に捧げた最初で最後のフルマラソン 大阪芸術大の酒井が力走、19位

記事詳細

「お母さん、完走したよ」…がん闘病の母に捧げた最初で最後のフルマラソン 大阪芸術大の酒井が力走、19位

大阪国際女子マラソン更新

 魂のこもった力走は、闘病中の母を勇気づけたに違いない。25日行われた「第34回大阪国際女子マラソン」(産経新聞社など主催、日東電工協賛)に、新設された「ネクスト ヒロイン」枠で出場した酒井優実(22)=大阪芸術大。「私の走りでお母さんを元気づけたい」。そう胸に刻んで初めて挑んだフルマラソンだったが、2時間46分19秒、19位で見事に走りきった。

 ゴールすると、その場で顔を手で覆い、涙を流しながら、スタンドに向かって何度も頭を下げた。

 「走っている途中、お母さんのことが何度も思い浮かんだ。みんなの応援がうれしくて…」。酒井はそう言うと、思わず言葉を詰まらせた。沿道の家族連れが目に入るたび、自宅で療養を続ける母、博美さん(50)と自分の家族のことが思い浮かんだ。

 「自分は速くないから、テレビ中継には映らないと思う」。レース前に酒井が博美さんにこう伝えていたが、「最後だから頑張りなさい」と励まされて臨んだ大会だった。

 42・195キロという未知の世界、レース途中から、足はだんだん動かなくなった。だが、「何としても最後まで走る」と歯を食いしばった。家族を代表して沿道に駆けつけた弟の駿さん(19)は「母も姉ちゃんの走りを見て元気を出してくれたと思う」と懸命に声援を送った。

 4年生が卒業記念として大阪国際女子マラソンに挑戦する部の慣例にならい、昨年11月に出場を決意。博美さんががんに冒され、余命3カ月と知ったのはその直後だった。愛知県内の実家に戻り、こう伝えた。「部活、辞めたから」。うそだった。実は、大阪芸大女子駅伝部の中瀬洋一監督(46)に「1人でもいいから練習は続けろ」と促され、女子駅伝部にとどまることにしていた。

 ただ、家族がつきっきりで看病しているのに「自分だけが走っているのは申し訳ない」という思いがあった。家族が寝静まっている午前4時。トレーニングウエアに着替え、こっそりと部屋を抜け出した。

 毎日、走るコースを変えてはさまざまな神社にお参りし「どうか、お母さんを助けてください」と願掛けするのが日課となった。

 病気と闘う母に少しでも長く寄り添ってあげたい。一方で、間近に迫る駅伝を諦めたくもない。交錯する思いを抱えながら病院を見舞ったところ、母が背中を押した。

 「私のところにはいなくていいから。大阪に戻りなさい」。

 自身の病いのために競技を続けさせてあげられなくなったと信じ込み、博美さんは心を痛めていた。「もう一回、やるよ」。酒井は改めて決意した。

 初マラソンへの道のりは平坦ではなかった。籍を置くのは課題提出に追われるデザイン学科。授業と看病で数日ごとに大阪と愛知を行き来する中、練習時間を確保するのは大変だった。

 それでも「私の苦しさなんて、お母さんの苦しさに比べたら大したことない」と言い聞かせ、厳しい練習を一人でやり遂げた。

 中瀬監督も「看病しながらの練習だったのに、よく頑張った」とその走りを評価した。

 酒井は卒業後、神奈川県内の企業に就職することが決まっており、「陸上は辞めるつもり。今回の大会が走り納め」と明言する。

 しかし、今大会の力走を目の当たりにした中瀬監督は「『絶対あきらめない』という気持ちで走りきったんだと思う。後輩たちの夢を背負ってまた大阪国際女子マラソンに出てほしい」と期待を寄せる。

 「お母さん、完走したよ。19位だったよ!」

 ゴール後、酒井は母の博美さんに電話をかけた。電話口の向こうで博美さんは「すごいねえ。ありがとう」と声を震わせていた。

 酒井は目を潤ませながら、「最近は暗い声しか聞いていなかったけど、母が泣いて喜んでくれた。声も元気そうで本当に良かった」と声を弾ませた。