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【スポーツ岡目八目】IOCに理解されない「野球・ソフト」、五輪復活は夢のまた夢か…アテネ五輪会場の「惨状」から見た“現実”

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IOCに理解されない「野球・ソフト」、五輪復活は夢のまた夢か…アテネ五輪会場の「惨状」から見た“現実”

スポーツ岡目八目更新

 野球・ソフトボール(以下、野球と略)に関するヨーロッパの話題として先日、共同通信が興味深い記事を配信してきた。10年前の2004年アテネ五輪で欧州開催の五輪として最後に野球を行ったギリシャの現状についてである(9月18日付)。記事では野球の火を消すまいと奮闘する同国野球連盟会長にスポットが当たっているが、客観的にみると野球場を含む“放ったらかされ方”が気にかかる。オリンピックから野球が除外された要因にことごとくリンクしているからだ。

 アテネの球場は今…

 記事には「ギリシャ野球界」の厳しい現状が並ぶ。

 アテネ五輪開催が決定した1997年当時、ギリシャには野球の統括団体がなく、開催国枠での出場のため連盟を創設。米大リーグのマイナーでプレーするギリシャ系選手を中心とした代表チームで8チーム中7位となった。

 大会後は国からの援助が途絶え、空港跡地に建設された大小2つの球場を持つ野球センターは使用を許されず、サッカー用に改修された後に放置状態に。ギリシャ・リーグ参加チームは2004年の20チームから8チームになり、野球人口は300人強になった。

 野球の発展に自らの資金を投じる同国野球連盟のミツィオプロス会長は「ギリシャの野球の火を消したくない」と頑張っているが、野球センターのある地域は再開発計画が進行中で、今後は常時使えるグラウンドを確保できなくなる可能性もある。会長は「何とか一つは野球場を残してほしい。そのために支援先を必死で探している」と悲痛な表情を浮かべている-

 五輪除外の理由

 1904年セントルイス五輪(米国)で実施されてから幾度となく公開競技として行われてきた野球は92年バルセロナ(スペイン)で公式競技となった。以来2008年北京(中国)まで5大会実施されたが、12年ロンドン五輪を前に正式種目から外された。

 オリンピックとは基本的に欧州のものだから、彼の地でなじみのない野球は大会肥大化に危機感を持つIOC(国際オリンピック委員会)からたびたび“目の敵”にされてきた。アテネ五輪後に開かれた05年IOC総会で公式競技存続の賛成が得られずロンドン五輪からの除外が決定。06年総会では復帰を求める再投票を求める決議自体が否決され、09年IOC理事会の投票で落選が決定した。昨年5月にレスリング、スカッシュとの三つ巴に敗れ、16年リオデジャネイロ五輪での復活に失敗したのも記憶に新しいところだ。

 野球除外の理由は公式には明らかになっていないが、除外を決めた05年総会でIOCが出したリポートにはIBAF(国際野球連盟)に対する不満が数多く指摘されている。

 〈収入に対するオリンピックの依存度(56・9%)が高すぎる〉

 にもかかわらず、〈野球になじみのない国の人に対し、競技のおもしろさや興味をひく試みを、できるにもかかわらず怠った〉

 〈役員に女性が1人もいない〉

 IBAFだけではない。球場建設費が高いうえ大会後の使い途がない、テレビ放映権やチケットの売れが悪いなど、競技自体散々な評だった。

 10億円の「ムダ」

 このためIBAFは、ソフトボールと野球を男女1種の競技とすることで女性の取り込みを図ったり、IOCイベントやワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を通じて国際的に野球をアピール、長い試合時間に批判があるとして7回制導入を検討するなど、五輪復帰に向け様々な方策・改善策を打ち出している。IBAFは直接からんでいないが、今月上旬に日本の実業団やフランス、オランダなどが参加してパリ郊外で行われたフランス国際大会もこうした動きの一環だ。

 ただ、ギリシャの現状がその効果に疑問符を投げかける。オリンピック発祥の地にようやく出てきた野球の芽に何のフォローもせず選手数を激減させてしまい、球場存続のための支援もできない。収入面で頼っていた五輪から外されたのだから苦しいのは当たり前だが、支援先の斡旋すらままならないでは厳しい。

 現在、ナイター施設があり、内外野計2500人収容の野球場を建設すると日本では11億円強かかる。五輪後、使い途がない高額施設をわざわざ作りたいと思う国があるだろうか。

 20年東京五輪に向けIOCバッハ会長は野球の競技復活に含みを持たせているが、公開競技を事実上行わなくなった現状オリンピックでは難しいかもしれない。アテネ五輪の「夢の跡」が、財政危機に見舞われたギリシャの特殊事情とは、とても思えないから。(市坪和博)

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