東京オリンピックまであと

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【特集パラスポーツ】夢舞台へ挑む“縁の下の力持ち” パラ・パワーリフティング・山本恵理

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山本恵理さん
山本恵理さん

 「あのとき実現できなかった夢を追うことができている」。高校まで水泳で目指した夢の舞台は出場がかなわなかったが、2020年東京パラリンピックに向け、日本女子初の「パワーリフティング」代表という夢を描く。日本財団パラリンピックサポートセンターの職員でもある山本恵理(36)は、パラスポーツの発展、支援にも取り組む異色のアスリートだ。(西沢綾里)

                   

 先天性の「二分脊椎(にぶんせきつい)症」で両足が不自由な山本は、もともと、9歳から始めた水泳でパラリンピック出場を目指していた。国内大会で優勝するなど期待されていた高校2年の夏、プールサイドの熱いコンクリートの上に座って太ももに重度のやけどを負った。血流が滞って皮膚がただれる褥瘡(じょくそう)や高熱に悩まされ、完治までに約2年もかかったという。水泳は断念せざるを得ず、選手を支える道に進んだ。

 大阪体育大学大学院では心理学を専攻。08年北京、12年ロンドン、前回リオデジャネイロのパラリンピックにはメンタルトレーナーや通訳として携わった。そうした経験を生かし、現在はパラスポーツを通して障害者への理解を深める体験型授業を行う事業を立ち上げ、講師として全国の学校・施設を飛び回っている。

                   

 3大会を経験したサポート役とは違い、パワーリフティング歴はまだ3年。16年5月に東京都が実施したパラスポーツ体験会を視察し、競技に出合った。第一印象は「筋肉ムキムキの男がやるスポーツ。女性はちょっとなぁ…」。だが、上司に促されるまま試すと、40キロがあっさり挙がった。さらに、その約半年後の全日本選手権では50キロを挙げて女子55キロ級の日本記録をマーク。瞬く間に第一人者となった。

 バーベルを挙げるトレーニングは週3回だけ。故障を防止し、筋肉の成長を効率良く促すため、集中トレーニングで大舞台を目指す。成果は出ている。今年2月には59キロをマークし、今では「強い女性は美しいんだ」と競技への印象も変わった。

 土台となる基礎筋力と、高い技術を習得するのに時間がかかるパワーリフティングは、50代で現役という選手も珍しくないという。「競技を始めたばかりの私には伸びしろだらけ。今より、もっと楽しい未来があると思うと、毎日頑張れるでしょ」と前向きだ。

                   

 気がつけば365日、パラリンピックと向き合っている。いつも感じているのは「支える側も、支えられる側も気持ちは同じ。同じゴールを目指して闘う同志なんだ」ということ。障害者への理解や競技への認知度はまだまだ低いと感じている。だからこそ東京大会を追い風に、パラスポーツの魅力と可能性を、日本中に伝え、広めていく決意だ。

                   

【用語解説】パラ・パワーリフティング

 下肢(下半身)に障害のある選手が、上半身の力を使って、バーベル(おもりのついた棒)を持ち上げ、その重量の記録を競うスポーツ。パラリンピックでは、あお向けに寝てバーベルを持ち上げる「ベンチプレス」が行われ、3回目の試技が終わった時点で、重いバーベルを持ち上げた順に順位がつく。

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