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池江「一本終えホッと」「どんどん記録伸びる」 再び、戦いの場に

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 壮絶な闘病生活を乗り越えた競泳界のヒロインが、約1年7カ月の時を経て戦いの場に帰ってきた。29日、東京都江東区の東京辰巳国際水泳場で行われた都特別水泳大会で、白血病を克服して実戦復帰した池江璃花子(20)=ルネサンス。女子50メートル自由形で5位に入った20歳のスイマーは「自分がここまで回復していろんな人に自分の泳ぐ姿をまた見せることができた。この一本を終えられてほっとした」と率直な思いを語った。(川峯千尋)

「水泳人生が始まる…胸がキュッと」

 会場に来る前から、池江は万感の思いに包まれていた。幾度となく日本記録を塗り替えてきた聖地、東京辰巳国際水泳場に選手として足を運ぶのも久しぶり。

 「ここに来るまでの道が懐かしく感じた。本当に戻ってこれたんだなという気持ちにもなったし、自分の水泳人生が(再び)始まると思うと、すごく胸がキュッと締め付けられた」

 不安や緊張感もあったが、水に飛び込めば、いつも通りの軽やかな泳ぎを見せた。呼吸は1回に抑え、中盤からスッと抜け出す。全体5位ながら、自身の組(10人)を1着で泳ぎきると、関係者から温かな拍手が湧いた。病魔を支えてくれた関係者の姿を見つけ、目頭を押さえる場面もあった。

「大丈夫、大丈夫。いつか終わる」

 突然の悲劇が襲ったのは昨年2月。合宿先の豪州で体調を崩し、緊急帰国。精密検査で白血病が発覚、長期休養に入った。当時18歳。「最初はどんな病気か分からなかったけど、抗がん剤治療で髪の毛が抜けるのがショックだった」。一方、東京五輪に向け、日に日に高まる重圧から解放され、「ほっとした気持ちもあった。頑張り過ぎていたんだと思う」。

 入院生活は約10カ月にも及んだ。抗がん剤治療の副作用で嘔吐(おうと)を繰り返し、食事が喉を通らないことも。自身のSNSでは「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです。三日間以上ご飯も食べれてない日が続いています」と赤裸々に告白した。入院前に57キロあった体重は一時、10キロ近く減少。「死にたい」と思ったこともあったという。

 それでも、持ち前の前向きさは失わなかった。つらいときは「大丈夫、大丈夫。いつか終わる」と自身を励ました。闘病中も病室に自転車型のマシンを持ち込み、復帰の日を夢見て体調のいい日には体を動かした。家族、仲間、ファンから毎日届くメッセージにも支えられ、同年12月に退院。「本当に一人じゃ乗り越えられない病気だった」と感慨を込める。

「日に日に力…これじゃ満足してない」

 今年3月17日には、病院の許可を得て406日ぶりにプールに入った。6月からは西崎勇コーチを据え、本格的に練習を再開した。体力や筋力の低下こそあったが、「泳ぎの感覚はあまり変わっていなかった」。水中出産でこの世に生を受けた水の申し子は、週4日の水中練習をこなしながら驚異的なスピードで回復を遂げている。

 練習量は、チームメートに比べると「6~8割程度」(西崎コーチ)。7月に練習を公開した際には「日に日に力がついて、みんなとの差もなくなってきた」と手応えを感じた。しかし、「これじゃ満足していない。病気になっても『また強くなれるんだ』と知ってもらいたい」とアスリートの顔を見せていた。

 選手として再びスタートラインに立った池江は、レース後のリモートでの記者会見で「このレースでたくさん見つかった改善点を直していけば、どんどん記録は伸びる」と言い切った。目標とする2024年パリ五輪でのメダル獲得へ向け、大きく一歩を踏み出した。

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