PR

【B腕広報リレーコラム好球筆打】立場変われば思いも変わる/佐藤達也

PR

2019年6月22日、広島戦でプロ初勝利を挙げたオリックスの荒西祐大(右)。左は西村徳文監督=マツダスタジアム
2019年6月22日、広島戦でプロ初勝利を挙げたオリックスの荒西祐大(右)。左は西村徳文監督=マツダスタジアム

 広報担当になって2年目。“新人”だった昨季の今頃といえば、ようやく広報の仕事に慣れ始めたときだった。

 最も楽しみだったのがヒーローインタビュー。実は現役時代、僕がもっとも苦手にしていたのもこれだった。信じてもらえないかもしれないが、マウンドでは感じない独特の緊張感があった。正直、何を言っていたのか、ほとんど覚えていない。だが、立場が変われば思いも変わる。今はお立ち台のアテンドが最もやりがいを感じる瞬間だ。

 印象に残る一人に、僕が着けていた背番号15を引き継いだ、当時ルーキーで26歳だった荒西祐大投手がいる。社会人時代を8年経てプロとなり、昨年6月22日の広島戦(マツダスタジアム)で初勝利を飾った。

 荒西投手がこう言ってくれたことがある。「『15』を汚すことなくやっていきます」。雑談の中でつぶやいた一言だった。僕は照れくさくて冗談で返したが、本当はとてもうれしかった。記念すべき彼のヒーローインタビューは僕がアテンド。一選手の節目にかかわれたことに喜びを感じたのもこのときだった。荒西投手には「15」を自分の顔にしてほしいと思う。

 選手たちは今、もどかしい思いをしているだろう。牙を研いだ成果をお見せできる日はまだ決まっていないが、コロナ禍に翻弄された今季を終えたとき、彼らのプレーはファンにどんな記憶として刻まれているだろう。僕が現役時代に強く印象に残っているのは、2014年10月12日のクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ第2戦。T-岡田外野手の逆転3ランで勝利した試合だった。彼がお立ち台に上がった瞬間の大歓声は震えるほどの感激があった。チーム、ファンとのあの一体感はなかなか経験できることではない。ファイナルには進めなかったが、こんな経験を一人でも多く知ってもらうのが僕の夢でもある。

 ちなみに、僕の初勝利はプロ2年目だった13年5月9日のソフトバンク戦(ほっともっとフィールド神戸)。だが、この試合のお立ち台は、プロ初の逆転サヨナラタイムリーを放った山本和作(かずなお)内野手(現大阪経大硬式野球部監督)だった。僕と同い年で、2度の育成契約からはい上がり、必死に頑張っていたのを知っていたから、うれしかったのをよく覚えている。自分の初勝利はすっかりかすんでしまったのだけれど。

 ●さとう・たつや 1986年7月26日、埼玉県大宮市(現さいたま市)出身。埼玉・大宮武蔵野高から東海大北海道、ホンダを経て2012年ドラフト3位でオリックス入団。13、14年はいずれも67試合に登板し、2年連続で最優秀中継ぎ投手のタイトル獲得。18年限りで現役を引退し、19年から球団広報部。通算成績は262試合で11勝21敗14セーブ120ホールドポイント。防御率2・71。

                 ◇

 球団広報担当の仁藤拓馬、佐藤達也、町豪将、花木聡の各氏が、広報の舞台裏や、とっておきの選手の話題などを自由に語るコラムを持ち回りで月1回掲載します。

この記事を共有する

おすすめ情報