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関根潤三氏が死去 大洋、ヤクルトで監督歴任

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ヤクルト監督時代の関根潤三氏=1989年(平成元年)8月
ヤクルト監督時代の関根潤三氏=1989年(平成元年)8月
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 プロ野球の大洋(現DeNA)、ヤクルトで監督を務めた関根潤三(せきね・じゅんぞう)氏が9日、老衰のため死去した。93歳だった。東京都出身。葬儀・告別式は家族葬で、日程は未定。喪主は長男、優一(ゆういち)氏。

 法大で41勝をマークし、昭和25年、近鉄に入団。当初は投手として活躍し、28年からは3年連続2桁勝利を挙げるなど活躍した。その後、野手に転向、オールスターには5度出場し、投手、野手の両方で選出されている。40年には巨人でもプレーした。

 通算成績は投手で65勝94敗、防御率3・42。打者では1137安打を放ち、打率2割7分9厘、59本塁打、424打点。

 現役引退後は広島、巨人のコーチを経て、57年に大洋の監督に就任。62年からはヤクルトの監督も務め、広沢克実、池山隆寛らを育てた。大洋、ヤクルトでの監督通算成績は331勝408敗41分け。

 テレビ、ラジオなどの野球解説者としても知られ、ソフトな語り口で人気を博した。平成15年に野球殿堂入りした。

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