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震災経験の磐城・岩間主将、選抜中止も「夏に甲子園」 東北勢で“大会”検討

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選抜出場予定だった磐城の岩間主将。小学2年生のときに東日本大震災を経験した=福島県いわき市(神田さやか撮影)
選抜出場予定だった磐城の岩間主将。小学2年生のときに東日本大震災を経験した=福島県いわき市(神田さやか撮影)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、春の選抜高校野球大会は中止となった。東日本大震災で被災し、避難先で選抜を見て野球を始めた磐城(福島)の岩間涼星主将は、21世紀枠であこがれの舞台への出場を決めていた。思いもよらない形で道は断たれたが、夏へと気持ちを切り替え、練習に励む。26日には仙台市内で、選抜出場予定だった仙台育英(宮城)と鶴岡東(山形)の東北勢3校で“代替大会”の開催も検討されている。

 東日本大震災の発生時、岩間主将は小学2年生だった。いわき市内の自宅は無事だったが、庭まで津波が押し寄せた。「車で逃げているとき、下の方から海水が来るのが見えた。川が氾濫する様子も間近に見た」という。2~3週間、神奈川県内の親戚宅に避難し、そこでくぎ付けになったのが、テレビで放送されていた選抜だった。「自分たちは外で遊べる状況ではなかった。甲子園といういい球場で、熱い戦いができるのは、いいなと思った」と振り返る。

 小学3年生になって、本格的に野球を始めるとすっかりのめり込み、甲子園出場を夢見て、文武両道で知られる磐城に進学した。

 昨年10月の台風19号による大雨で、いわき市内は多大な被害を受けた。当時、野球部は、選抜切符をかけた東北大会(岩手県)1回戦を突破したところだった。学校はグラウンドの一部が浸水。自宅が断水した部員もいた。「家も車も水に浸かっていてひどい状態だった。この状況で(東北大会に)行っていいのかという戸惑いもあった」。覚悟を決めて2回戦に臨み、見事に勝利。8強入りを果たした。

 東北大会後は、浸水でグラウンドが使えなくなったサッカー部やラグビー部に球場を譲り、部員は被災した介護施設などに出向いて、泥の除去や荷物運搬などのボランティア活動を行った。

 「(東日本大震災のときは)親にくっついてばかりで、ひたすら逃げることを考えていた。高校生になり、被災者のために少しでも力になりたいと思った」。そんな姿勢が評価され、21世紀枠での甲子園出場が決まったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、大会は中止に。「子供のころからのあこがれの場所」に立つ機会は失われた。

 新型コロナウイルスの感染拡大による休校に伴い、部活も休止に。ランニングや素振りなど自主練習に励んでいる。それでも、夢はあきらめない。「夏に甲子園に出られるようにしっかり頑張っていきたい」と前を向く。

 子供たちの頑張りに少しでも報いようと、指導者らも動いた。26日に仙台市内で、選抜出場予定だった仙台育英(宮城)、鶴岡東(山形)との東北勢3校で、“代替大会”の開催が検討されている。仙台育英の須江航監督の呼びかけに賛同した磐城の木村保・前監督(1日付で福島商に異動)は「夏に向けての一歩をしっかり踏み出すきっかけになるような思いで臨んでほしい」と期待する。

 岩間主将は、津波の被害が大きかった場所をランニングコースにしている。「走るたび、震災の被害を思い起こす。今度は自分が勝利という形で元気や勇気を与えたい」。春で果たせなかった思いは、夏にぶつける。(運動部 神田さやか)

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