PR

【野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志】オフの過ごし方を真剣に考える

PR

阪神で臨時コーチを務めた山本昌さん。50歳まで現役を続けた=安芸市営球場(撮影・松永渉平)
阪神で臨時コーチを務めた山本昌さん。50歳まで現役を続けた=安芸市営球場(撮影・松永渉平)

 東京五輪イヤーが始まった。前回の1964(昭和39)年、僕は小学校5年生。授業が終わると、すぐに家に帰り、テレビにかじりついた記憶がある。

 当時、僕は野球以外に水泳もしていた。でも、五輪を目指していたわけではなく、純粋に「日本がんばれ」と応援するのが楽しみだった。重量挙げの三宅義信さんや「東洋の魔女」と呼ばれたバレーボール女子日本代表チームの活躍は印象深く、50年以上たった今でも、よく覚えている。

 今夏の東京五輪では、野球が3大会ぶりに実施競技に復活する。さまざまなスポーツが普及し、日本国内でも子供たちの「野球離れ」が懸念されている。東京五輪で日本代表が活躍することが、子供たちをひきつけることにつながる。野球に魅力を感じてもらえるチャンスだ。野球界に携わる人たちが心を一つにして五輪に協力し、盛り上がるようにもっていきたい。

 五輪の影響で、今年のプロ野球は変則日程となる。昨年より1週間早く開幕し、五輪がある7~8月は約3週間、中断。その分、ペナントレースは10月中旬までずれ込む。選手は長期戦に適応した体づくりをしておくことが重要だ。

 その点で言えば、若い選手より、オフの過ごし方を真剣に考えているベテランの方が好成績を残しやすいかもしれない。僕は現役時代、ユニホームを着ない11月、12月、1月の3カ月が勝負の時だと思っていた。2月のキャンプイン以降は、どの選手もほぼ同じような練習メニューに取り組む。だが、シーズンオフの過ごし方は自由。その間に差が生まれる。僕は「肉体を強化する」との目的をもってトレーニングしていた。

 誰だって必ず年を取る。「状態を維持する」という意識では、肉体は衰えていく一方だ。シーズン終了後、僕は2週間ほど体を休めることに努め、そこからは次の年に向けて練習を始めていた。

 いろんな知識を得て、自分に合ったトレーニング方法を選択することも大切。当時はウエートトレーニングを取り入れる選手は少なかったが、僕は30歳を過ぎたころ、本格的に取り組もうと思った。極真空手の西田幸夫さんと親しくなった縁で、2週間ほど道場で一緒に練習させてもらった。海外の先進的なトレーニング理論を学んでいた西田さんに、重いバーベルを使ったトレーニング法などを教えてもらった。

 中日で50歳まで現役を続けた山本昌投手が息長くプレーできたのは、年々硬くなりやすい体の可動域を広げるトレーニングを続けたたまものだろう。いつだって「次の世代にそろそろ道を譲ったら」と言う声はあるもの。だが、衰え知らずのベテランが活躍する姿は、見ていて楽しくなる。   (野球評論家・田尾安志)

この記事を共有する

おすすめ情報