「自国開催で金メダルを」 パラ走り幅跳びの芦田創選手と前園真聖さんがトークイベント

 注目のパラアスリートに迫るフジテレビのパラスポーツ応援プロジェクト『PARA☆DO! TALK×LIVE』が6月25日、東京・赤坂の日本財団で開かれ、2016年リオデジャネイロ・パラリンピックの男子4×100mリレー(T42-47)銅メダリストの芦田創(あしだ・はじむ)選手(24、トヨタ自動車)が半生を振り返り、競技にかける思いを語った。

 2020年の東京パラリンピックで、日本記録(7メートル15)を持つ“本職”の走り幅跳び(T47上肢切断など)で金メダルを狙う芦田選手は、元サッカー日本代表の前園真聖さんとトップアスリート同士の関心事で盛り上がり、驚きの体幹トレーニング法を披露して会場を沸かせた。

トークイベントを行った芦田選手(右)と前園さん(中央)=25日、東京・赤坂の日本財団
トークイベントを行った芦田選手(右)と前園さん(中央)=25日、東京・赤坂の日本財団

難病、挫折、迷い…そしてリオへ

 芦田選手は5歳のとき、先天的に異常があった右腕の骨の手術を受けた際にデスモイド腫瘍を発症。「ほっといたらめちゃくちゃ痛い」(芦田選手)腫瘍は、取り除いても転移と再発を繰り返し、定期的に手術を受けなければならない生活が10年続いた。右腕の成長は小学5年生のときに受けた放射線治療の影響で止まっていた。

 15歳までの闘病生活で手は打ち尽くされ、放射線を当てられず、メスも入れられず、腕が壊死するのを待つだけの状態になり医師からは、切断の可能性も告げられた。

 「腕がなくなるのなら好きなことをやろう」。大好きなスポーツを制限されていた少年時代のうっ憤を晴らすように陸上に打ち込むと、なんと病気が治ってしまったという。芦田選手は、前向きな気持ちで陸上に取り組んだことで心が明るくなったり、免疫力が上がったりしたことが良い影響を与えたのではと自己分析するが、医学的な根拠は不明だ。ただ「陸上との出会いは運命の出会いだった」と言葉に力を込めた。

右腕を見せる芦田選手
右腕を見せる芦田選手

 だが難病からの解放は競技者としての苦悩の始まりでもあった。

「周りは健常者。同じトレーニングしていても同じようには速くなれません。皆の倍、練習してやっと追いつけますが、怪我のリスクは4倍」

 このとき専門としていたのは400メートル走。高校の部活動は、身体の左右のバランスが違うハンディを抱える芦田選手が専門的な指導を受けられる環境ではなく、ひたすら練習に励むしかなかった。結局3年間で満足できる成績は挙げられず、「0.01(秒)を競う世界で明らかなハンディがあるのは辛かった」と健常者と勝負することに挫折感を味わったというという。

 実は高校2年生の冬、トレーニング中に義足のジャンパー・山本篤選手と出会い、パラの世界に入るようスカウトされていた。だが、このときの芦田選手には本格的にパラアスリートになる考えはなく、誘いに戸惑うだけだったそうだ。なお、山本選手と芦田選手はリオパラリンピックのリレーでチームメンバーになり、共に銅メダルを獲得している。

 高校3年生になり、全国大会への切符を逃す経験をした2カ月後、国内で行われたパラアスリートの大会にチャレンジのつもりで出場した。結果は日本記録での優勝だった。

 2カ月間ほとんど練習をしなくても、地力の差で優勝。「ゆるいんちゃう?」。それが、芦田選手が当時のパラスポーツから受けた率直な印象だったという。

 一方で、身体的なハンディを抱えていても健常者と勝負できる選手であることが、迷いを生んだ。「健常者と障害者の中間域に孤立した感じになった。パラの世界に行けば日本一、健常者の世界では挫折感。誰にも相談も共有もできない、孤立してもどかしい気持ち」。次第に芦田選手のやる気は削がれていった。

 自分の居場所はどこなのか。答えを見つけられないまま早稲田大学に進学し、陸上競技から気持ちが離れた。

 十代に猛練習した“貯金”のおかげで週に2、3回の練習でもパラでは代表レベルにはなれた。国際大会に出場したが予選で惨敗した。それを悔しいとも思わなかった。やる気が、なかった。

 就職活動の時期を迎えた2015年、芦田選手に転機が訪れる。

「競技を辞めよう、新しい道で社会に出ていくのだ。そう思っていた頃に今のコーチ(早稲田大学スポーツ科学学術院の礒繁雄教授)に出会いました。ほとんど初対面で『お前、障害に甘えているんだろ』と言われて、ああ、甘えてるわ自分…」。さらに礒氏は、甘えを捨てて「一流のアスリートになれ」と激励したという。

 辛らつな言葉が、再び芦田選手を競技と向き合わせた。

「陸上で勝負したいと思っていたはずなのに、ハンディがあるからと言い訳して、パラの世界では天狗になって、頑張らなかったんですよ。頑張らないのを障害のせいにして、自分の人生に障害を作っていた。そこを見透かされた言葉でした」

 自分がどこまでできる選手なのか見てみたい。その夢が芦田選手を翌年に迫っていたリオパラリンピックに向かわせた。

 リオを目指すに当たり、専門とする種目を400メートルから走り幅跳びに変更する重大な決断をした。もとより跳躍力には自信がある。3年間のブランクがある400メートルに比べれば助走距離は約10分の1で、その分、短期間で集中して仕上げられるという目論見だった。

 その狙いがずばりと当たり、リオパラリンピック直前の6月、代表選考会を兼ねたジャパンパラ競技大会を6メートル75の日本新記録で制しリオ行きの切符を引き寄せた。だが本番のリオでは「自分のために(競技を)やっているはずなのに、誰のためにやっているのか分からないフワフワ感」や重圧で実力を発揮できず、6メートル52で12位に沈んだ。

 “やる気スイッチ”が切れていた大学時代とは正反対に、リオでの屈辱をばねにして猛練習を続け、17年3月には自分が持つ日本記録を大きく塗り替える7メートル15を出した。リオを基準にすればメダル圏内の好記録だ。

今年6月のフランスの大会では6メートル84で優勝。7月7日からのジャパンパラ陸上競技大会と、10月にインドネシアで開催されるアジアパラ競技大会でも金を狙う。

 東京パラリンピックでは、実績がある三段跳びは実施されず、リオで銅メダルを獲得したリレーは男女混合種目に変更される。芦田選手は走り幅跳びの金メダルを目指し「良い意味でこだわっている部分に絞られた。あと2年、試合日に合わせて今から逆算して(態勢を)作っていきたい」と熱意を込める。

「金メダルしかいらない。自国開催だというのもありますが、リオの悔しさが忘れられない。障害に甘えていた自分が、自分に勝つという分かりやすい目標が世界で一番になること。そこに向けて日々ギラギラしながら自分に勝って、世界でも勝ちたい」

体幹を鍛える特別トレーニングとは

 芦田選手が重視しているのが体幹を鍛えるコアトレーニングだという。アスリートが、プレー中、身体の軸がぶれないようにしてパフォーマンスを高めるために、体幹を鍛えるのはトレーニングのセオリーだ。芦田選手の場合、右腕の成長が小学五年生で止まっているので、身体の左右のバランスが違う。その質量差は、健常者が左手に2キログラムのペットボトルを持って競技するのと似ているという。質量差の分、体の軸がぶれやすい芦田選手にとって、体幹を鍛えるトレーニングは特に重要なのだ。

体幹を鍛えるトレーニング、プランクを実演する前園さん
体幹を鍛えるトレーニング、プランクを実演する前園さん
椅子を使って体幹を鍛える「クレイジーコア」(?)を実演する芦田選手
椅子を使って体幹を鍛える「クレイジーコア」(?)を実演する芦田選手

 体幹を鍛えるには、うつ伏せの状態から、両腕の肘から手首の部分にあたる前腕で上体を起こし、その姿勢をキープするプランクというトレーニング法がある。芦田選手はこの姿勢をとれないので、椅子を使った特別なトレーニングをしているという。芦田選手は横に並べた2脚の椅子に両肩をのせて支点とし、足をもう1脚の椅子にのせる実演をした。負荷を高めるために臀部あたりに最大で90キログラムの重りを30秒ほどのせると話すと、会場から驚きの声が上がった。

 前園さんに、このトレーニング法の名前を聞かれると「『クレイジーコア』です」とポツリ。イベントのMCを務めた佐々木恭子アナウンサーから「今考えた風ですね」と指摘され苦笑いを浮かべていた。

体幹がしっかりしていると地面からの反発力を上手に使えるので、力を込めずに垂直に跳んでも滞空時間が長いジャンプになるという
体幹がしっかりしていると地面からの反発力を上手に使えるので、力を込めずに垂直に跳んでも滞空時間が長いジャンプになるという

「自国開催で金メダルを」

 芦田選手が前園さんに、個人競技と団体競技の違いについて「チームだと選手たちの勝ちたいとしての気持ちも熱量も違うのではないか」とチーム力に関する質問をする場面もあった。

 前園さんは1996年アトランタオリンピックで、サッカー日本代表がブラジル代表を破った「マイアミの奇跡」のときのキャプテン。「1人でも目標がぶれていたり、自分のプレーにこだわっていたりすると、素晴らしい選手が11人そろっていても勝てない。そこが難しい」と答え、ロシアワールドカップの日本代表は「全員が同じ方向を向いているので結果がついてきている」と評価した。

 また芦田選手は、東京でパラリンピックが開かれることについて「一番の記録を残した人が日本にいるっていうことが、パラ界全体、日本全体が盛り上がることになると思う。金メダルの意味を大きくするために自国開催で金を獲りたい」と話した。

トークイベントを終え、写真撮影に応じる芦田選手(左)と前園さん
トークイベントを終え、写真撮影に応じる芦田選手(左)と前園さん

(フジテレビ)

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