PR

「太宰府から令和精神の発信を」中西進氏が講演

PR

リモート方式で講演する国文学者の中西進氏
リモート方式で講演する国文学者の中西進氏

 元号「令和」の考案者といわれる国文学者、中西進氏(91)の講演会が14日、令和発祥の地・福岡県太宰府市の中央公民館で開かれた。リモート方式で中西氏が講演し、「太宰府から令和の精神を発信しよう」と提唱した。13日には大宰府政庁跡で市民団体が万葉時代の衣装を着て「梅花の宴」を再現する催しがあり、優雅な万葉ムードに包まれた。(永尾和夫)

■史跡指定100年記念

 同市の大宰府跡と防衛施設の水城跡が国の史跡に指定されて100年になるのを記念した行事。奈良時代の天平2(730)年、大宰府長官の大宰帥(だざいのそち)だった大伴旅人は自邸で梅をテーマに歌会を催した。出席したのは旅人や筑前守の山上憶良(やまのうえのおくら)ら筑紫歌壇の32人。この宴で歌われた「梅花の歌」32首に、万葉集を編集した旅人の息子の家持(やかもち)が序文を付けた。その序文を典拠に「令和」を考案したのが万葉集研究の第一人者、中西氏とされている。

 中西氏は「令和の精神~太宰府市から世界へ~」と題し、京都市の自宅からリモートで講演。まず古代日本は奈良と「西の都」大宰府の二つの中心点を持つ楕(だ)円(えん)国家だったと指摘。梅花の宴が開催された天平2年は「天平と改元されて初めての新春で、旅人が新しい時代への出発という意味を込めて、知識交換の場として開いたのが梅花の宴」とした。さらに大宰府に左遷された旅人の生き方に触れた。時の宰相、長屋王が自殺に追い込まれた政変に対して「付和雷同せず自然に学び、平明に生きるということで乗り切った」と語った。

 最後に、今後の日本人の在り方について「伝統を忘れて進歩はない」と指摘。「いつも地球を胸に抱く」ということを合言葉に「独自色を持ちながら太宰府から、令和の精神を発信していこう」と結んだ。

 会場では抽選で選ばれた定員の半数の約300人が熱心に聞き入っていた。

■漂う万葉ムード

 梅花の宴の再現は「大宰府万葉会」(松尾セイ子代表)が主催し、大宰府政庁跡の梅の木の下で行われた。楠田大蔵市長ら32人が古代役人に扮(ふん)し、色とりどりの万葉衣装で登場。「梅花の宴」序文を読み上げた後、1首ずつ朗詠した。最後に松尾会長が作詞した曲に合わせ、会員が舞を披露した。

 松尾会長は「旅人も妻を亡くしたばかりで、その悲しみを乗り越えて開いたのが梅花の宴。平成9年から毎年開いてきたが、今回はコロナ禍を元気に乗り越えようという意味を込め開催を決断した」と語った。

 中西氏は昨年2月に太宰府市で講演する予定だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い中止。今回は中西氏が大伴旅人役になり、梅花の宴を再現する予定だったが、国の緊急事態宣言延長に加え、中西氏の体調不良もあって見送られた。

この記事を共有する

おすすめ情報