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特攻の歴史、次世代に伝えて 大刀洗平和記念館開館10年 遺品など収集の渕上氏、慰霊と平和訴え

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大刀洗平和記念館で九七式戦闘機(奥)を修復した思い出を語る渕上宗重氏
大刀洗平和記念館で九七式戦闘機(奥)を修復した思い出を語る渕上宗重氏

 特攻隊の中継基地となった旧陸軍大刀洗飛行場の歴史を伝える大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)は今月、開館10年を迎えた。記念館の原点は、同県朝倉市の渕上宗重氏(87)が個人で集めた遺品を展示して32年前に始めた小さな資料館だ。平成21年に同町が運営を引き継ぐまで、特攻の歴史をつないできた。

 大刀洗飛行場は現在の筑前町など3市町にまたがり、東洋一の規模を誇ったとされる。先の大戦中、祖国や家族を守ろうと、多くの若者が飛行機に乗り、ここから飛び立った。

 渕上氏は終戦時13歳で、地元に特攻拠点があったことを知らなかった。

 鹿児島県南九州市を旅した42歳の時、雨宿りをしようと駆け込んだ小屋に、特攻兵の写真が並んでいた。「私だけが生き残ったから」。元特攻兵の故板津忠正氏が、同期生を慰霊しようと遺品を集めて展示していた。

 板津氏から大刀洗飛行場のことも聞いた。渕上氏は福岡に戻ったら自身も資料を集め、慰霊の気持ちと平和の大切さを伝える記念館をつくると約束した。

 建設会社を営む傍ら、13年かけて資料を収集した。米軍に取られないよう畑に埋めてあった特攻兵の遺書や、焼却炉に持ち込まれた軍靴、マニアから買い取った無線機などがあった。取り壊し予定だった太刀洗駅舎で展示を始めた。

 当初、「従軍経験者はつらくて見られない」と、誰も訪れなかった。

 しかし10年がたった頃、博多湾で見つかった陸軍の九七式戦闘機の誘致に成功し、修復も手掛けた。世界で唯一残る貴重な機体とあって、見学者は一気に増えた。

 年齢を重ね、体力の衰えを感じるようになった。渕上氏は「資料を行政で末永く管理してほしい」と10年前、約2千点の収蔵品を町に託した。駅舎南に現在の記念館が新設された。

 記念館では資料展示に加えて、元特攻兵らによる講演なども開いている。笑顔も涙もあった、人間としての兵士を語り継ぐ。渕上氏は「若い世代にこそ、特攻の歴史を伝えてほしい。(戦争を知らない世代が増える)これからが継承の正念場でしょう」と語った。

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