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【一筆両断】仮想通貨「リブラ」の行方

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 フェイスブックが計画をしている仮想通貨「リブラ」を巡って、世界の通貨当局、中央銀行、学者、政治家等関係者が様々な論争をしている。だが、報じられるその議論の内容は多岐にわたっており、全体像がわかりにくい。わが国の「専門家」による解説も、それぞれの言わば自分の「持ち分」についてのそれが多く、全体像に関わるものはあまりないようである。ここでは、このような通貨の創造を技術的に可能としているとされる、書き換えが不可能な「ブロックチェーン」による分散記録と言われる側面は捨象(しゃしょう)して、その経済的側面を中心に、議論を整理し、今後のあるべき方向について考えたい。

 ■「リブラ」の現状

 フェイスブックが提唱している「リブラ」の現状は、概ね次の通りである。

 (1)資金取引をより早く、オープンにかつ低コストで行なう為に、新たな仮想通貨「リブラ」を創設する (2)「リブラ」の価値の安定を確保する為、「リブラ」発行により取得した資金は、ドルや円といった主要国の通貨やその国債、信用力の高い証券で運用する (3)フェイスブックなど関連企業(それは後述の通り、この仕組みへの参加を表明しているデジタル会社とほぼ同一とみてよかろう)は、この新通貨「リブラ」を使った様々な新規ビジネスを提供し、またその取引で得た情報をベースに更なるビジネスを展開する。

 具体的な仕組みと日程は次の通りである。(1)「リブラ」を創設する為に、スイスに本部を置く新しい非営利組織「リブラ協会」を設立する(この組織には、既にVISA、マスター・カード、ウーバー等28社が各社1千万ドルを拠出すると表明している) (2)世界の当局の同意を得て、具体的な計画を2020年末までに作成する。

 手順としてはこの計画が認められた後、希望者は手持ちの円、ドル、といった通貨を代金として支払って、この新通貨を取得し、この通貨を活用した各種サービスを受けるということになるのであろう。

 このような計画に対して、現在行われている議論は大きく2つの部分に分けられるようである。第1はこの「通貨」の創設に関わるもの、第2はその通貨を使った新規ビジネスに関わるものである。この後者に関する議論の大部分は、現在、情報をベースにした新たなビジネスを国際的に大規模に展開しているフェイスブック、グーグルといったデジタル企業について言われている議論とほぼ重なる。このことは、先に述べたこの「リブラ」創設計画に参加を表明している企業の多くが、いわゆるデジタル企業或いはその関連企業であるという事実に鑑(かんが)み、興味深いところである。

 ■通貨として

 通貨としての「リブラ」については、考え方は比較的明快であろう。現在、世界の多くの人が円やドルやユーロといった通貨に不満足であり、それ故に新しい「通貨」が必要であると考えているわけではない。物価上昇や変動の激しい通貨を持つ一部の途上国の人々は、現在の自国の通貨よりは、その価値が安定している何らかの新しい通貨を欲しているかもしれないが…。仮により一層の安定的な別の新しい通貨を求めても、その新しい通貨が既存の通貨以上に安定的であるという保証はない。いずれにしろ、「通貨」そのものの側面に着目する限り、「リブラ」の必然性はないように思う。

 ■関連事業促進の手段として

 指摘されている問題点の多くは、この「リブラ」を使った新規事業に関わるものである。それは抽象的に言えば、いわゆるデジタル企業が現在行っている新しい巨大ビジネスに関して指摘されている各種の問題が、この「リブラ」を使ったビジネスによって更に拡幅、拡散されるのではないかということである。その具体的な懸念項目を思いつくままに羅列すれば次の通りである。

 ○公正な取引の阻害(EUによる巨額の罰金の賦課、わが国の公正取引委員会による規制の強化)

 ○マネー・ロンダリング、テロを含めた闇組織の資金の仲介

 ○プライバシーの侵害、個人情報の漏洩(ろうえい)(EUや米国における巨額の制裁金の賦課)

 ○脱税、租税回避(主要国での各種の議論、仏、英の新規課税)

 これらの問題点については既に関係者間で十分認識されており、先の福岡におけるG20の財務大臣・中央銀行総裁会議、大阪におけるG20首脳会議、最近のフランスでのG7首脳会議で採り上げられている。ただ、これらについて関係者の議論の収束は容易ではない。だとすれば、同様の問題点を持つ「リブラ」についてもそう簡単に合意が得られるとは思われない。

 ■「ビットコイン」の教訓

 ひるがえって、「リブラ」計画の最大の問題点は何か。端的に言えば、それはそれが極度に自由化、低コスト化された現在の金融取引を更に安易なもの、複雑なものとし、結果として金融の不安定化を進めることにならないか、ということであろう。

 同じく「ブロックチェーン」を使った仮想通貨としては、「ビットコイン」がある。これは、わが当局が世界に先駆けて「お墨付き」を与えたものであるが、その価格が著しく変動し、又、犯罪にも使われたこともあり、通貨としての信頼を得るに至らず、一部の投資家の投資対象資産に留まっている。当時、金融市場の安定に格別の責任がある当局が、その点の検証を十分行うことなく、これに新たなイノベーションを認めるような感覚でゴー・サインを出したらしいことについて、一抹の不安を覚えたものである。

 世界の金融市場の現状を見ると、それは余った資金を資金の不足している事業に仲介して経済の活性化を図るという本来の資金仲介機能の為のそれよりは、金融市場のわずかな「歪み」を利用して利益を得ようとする投機的な場として活用されている感が強い。

 「リブラ」の目的が、提案者の言うが如く資金取引をより早く、オープンにかつ低コストで行うということであれば、この計画はこういう傾向をさらに進めることになる。だとすれば、余程慎重な対応が必要ということになろう。

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【プロフィル】久保田勇夫

 くぼた・いさお 昭和17年生まれ。福岡県立修猷館高校、東京大法学部卒。オックスフォード大経済学修士。大蔵省(現財務省)に入省。国際金融局次長、関税局長、国土事務次官、都市基盤整備公団副総裁、ローン・スター・ジャパン・アクイジッションズ会長などを経て、平成18年6月に西日本シティ銀行頭取に就任。26年6月から会長。28年10月から西日本フィナンシャルホールディングス会長を兼務。

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