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【ハイ檀です!】柳川マンゴー

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柳川で栽培された旨いマンゴー
柳川で栽培された旨いマンゴー

 僕の大好物の果物は、ドリアンとマンゴー。どちらもトロピカルフルーツで、値段もかなり高価。マンゴーは、30年ばかり前から日本での栽培に火がつき、高額な値で売られるようになった。マンゴーが日本に登場したのは、明治時代の末と聞く。日本に持ち込まれたマンゴーは、アーウィン種だったようだ。熟れると果実の肌がリンゴのように赤くなることから、リンゴマンゴーともアップルマンゴーとも呼ばれていた。当初は、かなり好奇の目で見られていたものの、果肉が甘く香りも良かったからか、じんわりと日本に定着し、今では日本の果物と思い込んでいる若者も。このアーウィン種のマンゴー、台湾から沖縄に渡り徐々に日本国内に広がり、国産マンゴーの生産が本格化したのだ。

 世界には、かなりの数マンゴーの種類がある。このリンゴマンゴーのほか、フィリピンなどで生産されているペリカンマンゴー。外見は黄色く、果肉にはほどよい酸味があるのでケーキなどに用いられている。形がペリカンの嘴(くちばし)のような形をしているところから、ペリカンマンゴーと。他には、キーツマンゴーという緑色をしたものがある。ただ、緑色をしているので熟れ加減の見極めが難しく、余り流通はしていない。僕がこの種に出会ったのは、ブラジル。余りにも旨かったので品種を聞いたら、コラソン・デ・ボイ。つまり、雄牛の心臓。確かに心臓の形をしており、大きいところから、雄牛と表現をしたのであろう。

 南国でのマンゴーはそこかしこに植わっており、公共の場所では勝手にもいで食べても怒られない。と言うより、マンゴーは霜の降りない場所であれば、幹が50センチもある大木になり、日本の柿のようにポピュラーな果実。従って、子供達は木にスルスルと登り熟れた実を探し当てては、おやつ代わりに食べている。こんな光景を見ていた僕の友人は同じように木に登り、マンゴーにありついたものの1時間後に顔と手が真っ赤に腫れ上がった。それもその筈(はず)、マンゴーはウルシ科の植物なので、人によりウルシかぶれの症状が出るからご用心。

 南国では大変にポピュラーなマンゴーも、日本列島では先ずハウスか温室栽培でないと育たない。かつて、沖縄、宮崎、静岡、のマンゴー農家を訪ねたが、宝物を扱うように育てられていた。温室内部に大きな植木鉢を用意し、そこに苗を植えて数年間育てる。ある程度幹が太くなると、マンゴーの木は花を持つ。が、闇雲に咲かせても木が弱るので、数年は実がついても摘果するとか。その後、時期を見計らって、1枝に限られた数だけの実を残す。ある程度熟れると、天井から吊り下げたネットに実を包み、ポトリと落ちたところで完熟マンゴーを丁寧に採取する。

 こうして誕生したのが、宮崎の『太陽のタマゴ』。今年の初物のご祝儀相場は、何と2個入りの箱が50万円もしたのには驚かされる。最近マンゴーが安くなったとは言うものの、千疋屋で2個詰めの箱が3万円もするのを見て、世の中には金持ちが多いのだなぁ…、と深か~い溜息。ブラジルとかタイの田舎で、タダ同然で食べていたマンゴー。安くなっても、1万円近い値段だったら、牛の心臓ならぬ分厚いステーキを食べた方がよいのでは、と思いもする…。

 しかし、マンゴーを育てる側に立って、手間、燃料代、味と形の維持などを考えると、妥当な価格かなとも思う。だが、世にマンゴーが充満して来ると、当然のことのように価格は下がる。そんなマンゴーの中で、規定の大きさに育たずに熟れたベビーマンゴーと言うのか、袋に5個くらい入って1000円くらいのものが一瞬出廻る。これだと、心を痛めずに味わえ、しかも旨いので嬉しい。

 で、最近感動したのが、父の郷里で一族の菩提寺のある柳川で、マンゴーが栽培されていた。食べたら、おいしい。何と、マンゴーを育てていたのは『杏里ふぁーむ』というアイスクリーム屋さん。ピュアーで新鮮なフルーツを用いて、アイスクリームやアイスキャンデーを作りたい一心で、果樹園に挑戦したとか。その一環にあったのが、マンゴー。残念ながら、今年のマンゴーのシーズンは終了。来年は墓参りに託(かこつ)けて農園を訪れ、是非ベビーマンゴーにありつきたいし、他のトロピカルフルーツにも出会いたいと請い願う。

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【プロフィル】だん・たろう

 1943年、作家・檀一雄氏の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイストとして活躍し、「新・檀流クッキング」などの著書多数。妹は女優の檀ふみさん。

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