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【夢を追う】元C-C-Bドラマー・笠浩二さん(1) 「音楽の力、熊本復興の一助に」

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元C-C-Bドラマー・笠浩二さん(1) 「音楽の力、熊本復興の一助に」

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 髪色に合わせ「ピンクの眼鏡をかけろ」ということにもなった。目が悪いわけでないのに…。だからあれは伊達眼鏡です。

 《その後もヒットを連発したが、平成元年、日本武道館ライブを最後に解散した》

 昭和62年に関口さんが脱退したのを皮切りに、メンバーそれぞれが、やりたい方向に動き始めてしまった。活動が行き詰まって解散したんです。

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 解散から25年以上が過ぎた一昨年、5人のうち4人で再び「C-C-Bとしてやろうか」という状況になりました。第一弾としてライブを熊本でやろうという話になった。

 ところが、ライブの2日前、平成27年6月12日の夜に、渡辺さんが大動脈解離で倒れ、病院へ救急搬送された。渡辺さんは治療を受けていたが、7月13日、帰らぬ人となりました。

 《そして昨年4月、熊本地震が発生。16日の本震後は停電や断水に見舞われ、車中泊も経験した》

 南阿蘇は道路が寸断され、物が入ってこなかった。入ってきてもインスタント食品が中心でした。

 幸い自宅近くに水源があって水を確保できました。わが家には菜園があるので、採れた野菜と一緒に食べた。田舎の強さです。

 この界隈(かいわい)は一人暮らしの高齢者が多く、野菜を皆に分けてあげたりした。1週間ほど、頑張れば大丈夫だろうと思った。

 電気・水道の復旧には5日ほどかかりました。それまでは車中泊です。自宅へ戻っても停電しているので、明かりはロウソクしかない。

 薄暗い部屋でラジオを聞いていると、耳慣れた「アンパンマンのマーチ」が流れてきました。

 改めて聴いていると、ふつふつと勇気がわいてきた。「前向きになれる歌って、すごいな」と思いました。僕もこんな音楽を作りたいとも思った。

 阿蘇へ移住するとき、音楽を辞めようとも考えたんです。でも、元気や勇気が出る楽曲を提供するなど、やれること、やるべきことがいっぱいあるんじゃないかと思い始めた。

 被災したことで、「僕は音楽しかできない」と、肯定的にとらえられるようになった。

 これまでファンの人に応援してもらった。阿蘇へ“帰って”きてから、いろんな人にお世話になった。その恩返しが少しもできていない。

 地震を経験し、自分なりの恩返しをする覚悟ができました。いつか熊本の大きな会場で、ライブをやりたいですね。

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  • ロックバンド「C-C-B」。中央左が笠さん