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山形県東部に残る「死後婚」の風習 ムカサリ絵馬に込める思い

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ひっそりと森の中で建つ小松沢観音に残るムカサリ絵馬=山形県村山市(柏崎幸三撮影)
ひっそりと森の中で建つ小松沢観音に残るムカサリ絵馬=山形県村山市(柏崎幸三撮影)
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 山形県東部の村山地方から最上地方にかけて江戸時代から残る風習がある。結婚せずに亡くなった子供のために親などが、子供の結婚式を絵馬にして奉納する風習「ムカサリ絵馬」だ。最上三十三観音といわれる観音堂に奉納される場合が多く、ムカサリ絵馬からは「来世で幸せになってほしい」と願う親たちの気持ちが伝わってくる。(柏崎幸三)

観音信仰と瞑婚

 ムカサリ絵馬が奉納される観音堂は、上山市から鮭川村まで、最上三十三観音の地域と重なる。東アジアでいまもみられる死者の婚礼「瞑婚(めいこん)」に由来するものといわれ、青森県津軽地方では人形で供養されるが、山形県ではムカサリ絵馬として奉納されてきた。

 最上三十三観音札所別当会の佐竹義弘会長(78)は「この地域には昔から観音信仰があり、観音堂のある最上三十三観音にのみムカサリ絵馬は奉納されてきた」と話す。なかでも多いのは村山地方で、天童市の若松寺(じゃくしょうじ)(若松(わかまつ)観音)、村山市の小松沢観音、東根市の黒鳥観音などだ。

 江戸末期の文久年間のものも含め1500体近くのムカサリ絵馬が奉納されている若松寺。同寺の氏家榮脩住職(82)は「仏教では、結婚は前世からの因縁で先祖の慈悲によるものと考えられており、その結婚が欠けてしまうと人生を全うしたとはいえなくなってしまう。死後の世界で結婚させ、人生を全うさせてあげるためにムカサリ絵馬を奉納してきた。輪廻(りんね)転生につながると考えているからだ」と説明する。

 若松寺の本坊内は彩色豊かに描かれたムカサリ絵馬が掛けられ、穏やかな雰囲気に包まれている。童顔の男の子やかわいい女の子の顔ながら、立派な婚礼衣装で着飾った新郎新婦姿。いずれも俗名や戒名、奉納者の名前が書かれている。なかには、親族が集まり披露宴を描いた絵まであり、若くして亡くなった子供への親の愛情がくみ取れる。

 同寺の鈴木純照教務(71)は「あの世で一人でいるのはあまりにも可哀そうだと思う親たちが、ムカサリ絵馬を奉納しているんです」と話す。

「早くして亡くなった子供を不憫に思い、親が描かせたんですね」と話す若松寺の鈴木純照教務=山形県天童市(柏崎幸三撮影)
「早くして亡くなった子供を不憫に思い、親が描かせたんですね」と話す若松寺の鈴木純照教務=山形県天童市(柏崎幸三撮影)
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ムカサリ絵馬師

 明治期のムカサリ絵馬が数多く残る黒鳥観音には絵の苦手な奉納者に代わって描く、ムカサリ絵馬師といわれる人がいる。

 「私自身は霊能師ではありませんが、描かされて絵を描いている」と話すのは、黒鳥観音別当の槙寿広さん(63)。

 槙さんはこれまで、奉納者に会うことなくムカサリ絵馬を描いてきた。「私は亡くなった子供の写真なども見ません。描こうという気持ちになってから描くのですが、不思議なほど似ているといわれます」と話す。

 もう一人のムカサリ絵馬師、高橋知佳子さん(47)は、小さいころから死者の霊が見えたという。修行を経てムカサリ絵馬師になった。

 「亡くなった子供の相手となる人は生きている人を描いてはいけないという原則がある。実在する人を描いて連れていかれてしまった(亡くなった)人がいたと聞いているからだ」といい、結婚相手には架空の人を描くことにしている。

 高橋さんは、若松寺の紹介でムカサリ絵馬の依頼を受け、今年8月にも1点奉納した。遺族から写真をもらい、頭の中で亡くなった子供の魂に語りかけ、ボールペンやアクリル絵の具を使い、ケント紙などに描いていく。

 高橋さんは「亡くなられた方の供養にもなるムカサリ絵馬を描き、魂のお手伝いをしていきたい」という。奉納者と故人だけでなく、自身もムカサリ絵馬を描くことで魂が救われると信じている。

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