PR

【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】KKKの亡霊を呼び起こした「妖怪」

PR

不世出のジャズ歌手、ビリー・ホリデイの代表曲といわれる「奇妙な果実」
不世出のジャズ歌手、ビリー・ホリデイの代表曲といわれる「奇妙な果実」

公民権運動と「奇妙な果実」

 タイサンボクの白い花が甘い香りを放っている。原産地は北アメリカ大陸の南東部で、英語名はマグノリア。無数のマグノリアが自生していることから「マグノリア・ステート」と呼ばれるミシシッピ州はいま、かぐわしい香りに満たされているはずだ。マグノリアに罪はないが、その香りは凄惨(せいさん)な光景を連想させる。

 《大いなる南部ののどかな風景/飛び出した目とゆがんだ口/マグノリアの香りは甘く新鮮/そこに突然焦げた肉の臭い》

 ルイス・アランの詩の一節だ。ルイス・アランとは、ニューヨークのユダヤ人高校教師エイベル・ミーアポルのペンネーム。1930年8月、白人のリンチで殺された2人の黒人の死体がポプラの木に吊(つ)り下げられている写真を目にした彼は、この詩を書き、曲をつけ、「苦い果実」と名付ける。この曲こそ、不世出のジャズ歌手、ビリー・ホリデイの代表曲といわれる「奇妙な果実」である。

 39年、白人と黒人の同席を認める進歩的なポリシーで運営されていたニューヨークのナイトクラブ「カフェ・ソサエティ」でこの曲を初披露したときの様子を、ビリーは自伝にこう記している。

 《私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配していた通りのことが起こった、と思った。歌い終わっても、一つの拍手さえ起こらなかった。そのうち一人の人が狂ったように拍手を始めた。次に、全部の人が手を叩いた》(油井正一、大橋巨泉訳)

 この直後、24歳になったばかりのビリーは、契約していた大手のコロムビアではなく、ジャズ専門の弱小レコード会社、コモドアで「奇妙な果実」を録音する。コロムビアが詩の内容に難色を示したためだ。

 ところが、コロムビアをあざ笑うかのように「奇妙な果実」は売れに売れ、ビリーの代表曲になる。同曲は進歩的な人々に米国の根深い人種差別について改めて考えるきっかけを与え、50年代から60年代にかけて米国社会に大きなうねりを巻き起こす公民権運動へとつながってゆく。好き嫌いは別にして、歴史的な歌であることに異議を唱える者はいないはずだ。

名画ににじむ根深い差別意識

 同じ年、36年に発表されて大ベストセラーとなっていた長編小説がハリウッドによって映画化される。南部の大農場の娘で、何不自由なく育ったスカーレット・オハラが、南北戦争という強風に翻弄されながらも強く生きてゆく物語「風と共に去りぬ」だ。同作は米国映画史上最高の興行収入をもたらし、アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞など9部門で栄誉に輝く。

 ニューヨーク在住のジャーナリスト、青木冨貴子さんの『「風と共に去りぬ」のアメリカ-南部と人種問題』(岩波新書)によると、マーガレット・ミッチェルの原作には、解放された黒人が白人にとって危険な存在であり、白人の自己防衛ために「クー・クラックス・クラン」(KKK=白人至上主義の秘密結社)は「悲劇的な必要悪」といった記述があるなど、いたるところに人種差別意識が顔をのぞかせているという。

 映画ではスカーレットがならず者の白人男性にレイプされかかる場面があるが、原作では襲ったのは黒人であり、その復讐(ふくしゅう)のためスカーレットの夫をはじめとするKKKの団員が黒人居住区を襲撃する。映画ではKKKの名前など出てこない。映画制作者は、ミッチェルの人種差別意識をできるだけ排除しようとしたのだろうが、それでも、黒人は白人に従順であることが幸せの条件だとでもいうかのような、奴隷制を美化する意識は感じられる。

 それにしても、南部の黒人差別と虐殺を告発した歌と、見方によれば奴隷制時代の南部を懐かしむ映画がほとんど時をおかずして世に出て、ともに大ヒットしたという事実はとても興味深い。

 「奇妙な果実」を聴いて「黒人差別は絶対に許さない」と決意し、「風と共に去りぬ」を見て心から感動した人も多かったはずだ。人間とはそんなものだろう。個人の内部にも多様性があり、局面によってまったく異なる感じ方や思考をするものだ。共産主義者のような不動の正義の軸を持った人間こそ不自然だ。本当に怖いのはブレのない人間だ。価値観を大きく異にするふたつの作品が同時に受け入れられる社会こそが健全だと私は思う。

デモの先鋭化とKKKの亡霊

 81年前に世に出たふたつの作品が、再び妙な形で脚光を浴びることになった。きっかけは、新型コロナウイルスによる社会不安と経済危機にさいなまれるなかで、白人警官が黒人男性の首を膝で圧迫して殺害した事件によって巻き起こった人種差別と警官の暴力に対する大規模な抗議デモだ。

 このデモを受けて、米動画配信サービス「HBOマックス」は「風と共に去りぬ」の配信を一時停止し、再開する際は歴史背景の説明を付けたうえで、オリジナル作品のまま配信すると説明した。「差別是正」という錦の御旗のもとで、表現の自由を過剰に制限する「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」なる妖怪をのさばらせてしまった米国社会にあっては、ギリギリの判断だったのだろう。

 そして各地で「奇妙な果実」が発見された。黒人の死体が木に吊り下げられていたのだ。それだけではない。ウィスコンシン州の公園では、白人警官や白人自警団に殺された黒人6人の写真が、ロープで木に吊り下げられる事件も起こった。犯人が何者かは分からないが、こんな恫喝(どうかつ)の声が聞こえてくるようだ。

 「調子に乗るな。マグノリアの花が香る季節に、こんなふうに木に吊り下げられたいのか」 

 私自身、今回のデモを断固支持する。ただ、デモの先鋭化に大義名分を与えてしまう「ポリコレ」という妖怪が気になってしようがない。こいつがKKKの亡霊を呼び起こしてしまったように感じるのだ。   (文化部 桑原聡)

この記事を共有する

関連トピックス

おすすめ情報