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進んだiPS臨床研究、「命を救う」新たな段階へ

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 あらゆる細胞へ分化し、難病に対する「夢の治療法」として期待がかかる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の臨床応用研究が新たなステージに入った。1月に、大阪大の澤芳樹教授らの研究チームがiPS細胞から作った心筋シートを移植し心臓病を治す治験をスタート。生死に直結する臓器が初めて対象となった一方、満たすべき安全性の水準も一層高まっている。iPS細胞は「命を救う再生医療」の切り札となれるのか。(有年由貴子)

世界初の移植手術

 「徐々に免疫抑制剤を減らしつつあるが、容体は安定しており、安全性を含め経過は順調だ」。世界初となる治験を1月にスタートさせた澤教授は今月2日、術後の経過について産経新聞の取材にこう語った。

 1月に移植手術を受けた重い心不全の患者は、術後4週間で退院。新型コロナウイルスへの感染の懸念から一時再入院したが、容体は安定しており現在は退院し通常生活を行っているという。

 「20年間あらゆるサイエンスを積み重ねて治験に至った。一人でも多くの命が助かる医療技術にするための第一歩だ」。1月の会見で澤教授はこう強調した。

 心臓表面に移植されたシートは、新たな血管の形成を促し心臓の働きを改善させる効果が期待されている。チームは3年間で計10症例を重ねて安全性や有効性を検証、5年以内の実用化を目指している。

求められる安全性

 iPS細胞をめぐっては、国内外で臨床応用研究が加速している。国内ではすでに、目や脳の病気の治療で臨床研究や治験を実施。今回、心臓という命に直結する臓器が対象となったことで新たな段階に入ったともいえる。

 ただ、iPS細胞由来の細胞を移植する際、目的の細胞に完全に分化できていない細胞が混ざっていると、がん化を引き起こす可能性があることが知られている。このリスクは細胞数が多いほど高まるが、心筋シートには従来のiPS細胞を使った治療法と比べて桁違いに多い約1億個の細胞が使われた。このため、いかに安全性を確保するかが最大の課題だった。

 チームは用いる細胞について複数段階でがん化に関わる遺伝子に変異が生じていないかを確認。さらに未分化細胞を識別して取り除く独自手法を開発した。動物実験でリスクを見極め、最終的に未分化細胞の混入率を「10万個中に1個以下」まで低減。「『安全』と考えられるレベルに至ったことで治験に踏み切った」と澤教授は強調する。

 また、心筋シートはあえて他者由来のiPS細胞から作製したものを利用した。患者には免疫抑制剤を投与し、拒絶反応が起こらないようにしているが、今回は投与を3カ月に限定。シートは3カ月程度で自然に消失すると見込まれるが、この際に未分化細胞による腫瘍が生じていれば回復した自己免疫作用で壊されるようにした。澤教授は「ノーリスクな医療はない。まずは安全性をしっかりと検証し、次につなげたい」と気を引き締める。

心臓は作れるか

 iPS細胞研究の最大目標は、臓器を作り機能を失った患者の臓器と置き換える「命を救う再生医療」だ。

 生体移植ができる肝臓や透析治療のある腎臓などと異なり、重症化した心臓の病気は脳死下の臓器移植以外に道がない。iPS細胞を用いた再生医療への期待は高いが、現状は細胞や細胞シートなどを患部に移植して症状を改善させる程度。心臓そのものを作るには多くのハードルがある。

 例えば心臓の壁のような厚みのある組織を作るには各細胞に栄養を補給するための毛細血管を張り巡らせる必要がある。心臓は心筋細胞以外にも弁や膜などから成り、左右非対称の複雑な立体構造をとる。澤教授は「心臓を丸ごと作るのはよほどでないとできない。しばらくは再生医療と心臓移植を併用していくしかないだろう」と語る。

 だが、iPS細胞をめぐる臨床研究が始まってから5年あまりが経過。各研究において高い水準で安全性の確認を積み重ねていくことができれば、次の新たな治療法につながり多くの患者に光明をもたらすこととなる。

 澤教授は「iPS細胞がなかった時代には想像もしなかった治療法が今現実になっている。課題は多いが、今後イノベーションが起これば数十年後には臓器作製も可能になっているかもしれない」と指摘。「今よりさらに先のステップに行けるよう、努力とサイエンスを重ねていくのがわれわれの使命だ」と話している。

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