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【一聞百見】「人生の秋」夫婦で寄り添い ハーブ研究家 ベニシア・スタンリー・スミスさん、写真家 梶山正さん夫妻

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自宅近くを散歩、寄り添って談笑するベニシアさん(左)と梶山正さん夫妻。後ろの薪は自宅の薪ストーブで使う=京都市左京区(永田直也撮影)
自宅近くを散歩、寄り添って談笑するベニシアさん(左)と梶山正さん夫妻。後ろの薪は自宅の薪ストーブで使う=京都市左京区(永田直也撮影)
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 自然に囲まれた京都・大原の古民家でハーブを育て、ゆったりと丁寧な暮らしを楽しむ-。そんなライフスタイルがテレビ番組で紹介され、ファンが多いハーブ研究家のベニシア・スタンリー・スミスさん。最近、目が見えにくくなり、夫で写真家の梶山正さんが生活を支えるようになった。そうした日々をはじめ、それぞれの半生をつづった共著『ベニシアと正、人生の秋に』(風土社)が出版され、静かな感動を呼んでいる。大原の里に夫妻を訪ねた。

(聞き手 山上直子編集委員)

■プラス思考で

 「初めてここにきたときにびっくりしたの。ほら、見えるでしょ。(外の景色が)すごくきれいで」。ベニシアさんの視線をたどり窓から外を見ると、明るい日差しの向こうに透き通るような青空と少しかすんだ山々が見えた。夫妻は平成8年、築約100年の古民家を買い、移り住む。

 <この場所を見つけたとき、大原にずっといると思ったの。これって、本当に不思議なことよね>(同書から)。その予感通り、20年以上たった今も暮らしている。2人とも60代。子供も巣立ち、孫も生まれた。「人生の秋」というタイトルが、いかにもしっくりとくる。心配だった目のことを聞いてみた。

 「見えているけど見えていない。ちょっと説明が難しいな…」と、ベニシアさんが夫を振り返る。正さんが説明を引き受けた。「目はいいんですよ。ただ、脳の後ろの部分に問題があって、見えにくくなっているんです」。調子によって視力にも波があるそうで、「たとえば朝とか、お風呂に入った後は見えやすい。なんで? と思うけれど、そういうこともプラスに考えて、マイナスと思ったらアカンね」とベニシアさんは笑った。

 現在のところ確たる治療法はなく、進行を緩める薬を飲み続けている。薬は医者の処方にハーブも加え、「オリーブの葉も入っていて(他の薬とも)コンビネーションがいいんですよ」というあたりは、ベニシアさんらしい。散歩をしたり、庭の落ち葉を拾ったりとマイペースで過ごしている。とはいえ、病気を知った当初はショックだった。「毎朝言うんですよ、目が見えないって。わかってるよ、と答えてもまた次の日、見えないって怒る。でもいいや、最近はずっとニコニコしてるから」と正さん。

 「だって暗い顔をしたら周りの人はどうしたらいいかわからなくなるでしょう。自分も暗くなる。病気だから年だからって、できないことばかり考えない。自分ができないと思ったらホンマにできなくなる。だからね、いいことを考える。例えば、ごはんがおいしい。作る正はたいへんだけど…」とにっこり。そうそう、毎日、朝昼晩と3度の食事の用意はたいへんだよ、と言って正さんも笑った。

■ハーブに囲まれ古民家暮らし

 ハーブ研究家として活躍してきたベニシアさん。英国貴族の家系に生まれ、子供時代は母の実家にあたるダービーシャーの大きな館、ケドルストン・ホールで過ごすことも多かった。ベニシアさんの曽祖父の兄はインド総督や外務大臣なども務めたカーゾン卿で、明治時代に2度、日本に滞在し土産を持ち帰っている。館で見た日本製の陶磁器にひかれ、日本へ行ってみたいと思ったという。

 貴族の生活になじめなかったベニシアさんはインドに渡り、香港、台湾を経て日本にたどり着く。近著『ベニシアと正、人生の秋に』におもしろいエピソードがあったので紹介しよう。鹿児島港からヒッチハイクで大阪・淀屋橋に降り立ったベニシアさん。東京に行こうと警官に尋ねたら、高速道路入り口でトラック運転手に談判してくれた。ギラギラに装飾されたトラックに不安を感じるも、運転手は親子丼をおごってくれ、翌朝目覚めると新宿・風月堂の前だったという。「世界中にこんな親切な人々がいる国って他にあるだろうか…?」

台所で談笑するベニシアさん(左)と梶山正さん夫妻=京都市左京区(永田直也撮影)
台所で談笑するベニシアさん(左)と梶山正さん夫妻=京都市左京区(永田直也撮影)
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 やがて日本人男性と結婚して3人の子供を育て、昭和53年に京都で英会話学校を始めた。その後、離婚。インド料理店を開いていた正さんと出会い、再婚して次男が誕生。大原の古民家に移り住む。家の改修を正さんが手がけ、一方でベニシアさんの庭づくりが始まる。夢は子供のころに憧れた英国風コテージガーデンだ。それからの活躍は、初の単行本『ベニシアのハーブ便り』や、NHK番組「猫のしっぽカエルの手(京都大原ベニシアの手作り暮らし)」にみる通りである。

 「最初はハーブのレシピ本をという話だったんです。でもベニシアが『そんなのはいっぱい出ているから私でなくてもいいやん』と。それで若いころの思い出なども書いたらベストセラーになった」(正さん)。英国で慣れ親しんだハーブの思い出と、大原での自然豊かな暮らし。ハーブを使った料理だけでなく、せっけんやサッシェ(香袋)といった身の回りのものにも無理なく取り入れるライフスタイルが、女性たちの支持を集めたのだった。

 「でも、最近は緑茶を飲むことも多いのよ」とベニシアさんがいたずらっぽく笑う。「だって、正が飲むから」。「お茶だってハーブだよ。じゃあ、お茶をいれましょうか」と正さん。薪ストーブの上で温かくなっていた湯をさらに沸かし、人数分のカップを丁寧に温めながら時間をかけていれてくれた。甘みと少しの苦みを感じる緑茶は味わい深く、とてもおいしかった。「朝は緑茶で、それは正のやり方なの。だから私もそうする。それでいい。だって自分の夫なんだから」。

 ところで最近、CDを出したって本当ですか。「2階にありますよ。聞きますか?」とベニシアさん。実は19歳のころ、フォークグループを作り、デビュー寸前だったそうだ。曲は母国の民謡「スカボロー・フェア」。ところが…。あのサイモン&ガーファンクルが全く同じ曲でレコードを発売。結局、歌の世界から離れることになった。

■求めるものは自分の心の中に

 「朝起きたらね、『私、歌を作ったの!』と言い出したんですよ」と苦笑するのはベニシアさんの夫、梶山正さん。はじめは何のことかと驚いたそうだ。メロディーをくちずさむベニシアさんの様子を慌てて携帯電話で録画し、後で専門家に書きとってもらったという。それをもとにロックバンド、くるりの元メンバーの吉田省念さんや、元渋さ知らズの横山ちひろさんらが協力。なんと、CDになった。タイトルは「音楽という贈り物」である。

 ベニシアさんの自室で少し、聞かせてもらった。朗読を含めて5曲。そのうちの1曲「風に舞う」がベニシアさんの作曲で、英語の詩も手掛けたそうだ。日本語の歌詞を少し紹介すると、こんなふう。

 <私を包む山の景色?大切なものであふれてる?喜びに満ちたこの場所で?私の心は踊りだす?風に乗って空に舞い?大地を見渡せば?なんて美しい世界だろう?すべてはここにある>。どこか懐かしい素朴なメロディーに、美しい大原をほうふつとさせる自然賛歌。音楽はベニシアさんにとって昔から大切なものだった。10代のころ父が急死し、落ち込んでいたベニシアさんを救ってくれたのが音楽だったという。歌っている間は悲しみが和らいだ。聖歌隊で歌い、フォークグループを結成してチャリティー行事やコンサートにも出演した。<私たちは言葉がなくても祈れるように、音楽という贈り物を授かったのでしょう>(朗読「音楽という贈り物」より)

 ハーブ研究家として活躍してきたベニシアさんだが、最近、目が見えにくくなっている。そんなとき、気持ちを前に向かせてくれるのもまた歌だ。「歌うことってとても大事だと思う。人間みんな、ちょっとハッピーになれるでしょ」とベニシアさん。正さんとの散歩も大好きな気分転換の一つだが、最近あまり付き合ってくれないと不満顔だ。「普通の夫婦がみんなすることをしたいだけなのに!」というベニシアさんに、「することいっぱいあるんだよ」と正さんが反論。それではと、晴天に恵まれたこの日、ゆっくりと自宅前の空き地まで2人で散歩した。

昨年発刊されたベニシアさんと梶山正さん夫妻の初の共著『ベニシアと正、人生の秋に』
昨年発刊されたベニシアさんと梶山正さん夫妻の初の共著『ベニシアと正、人生の秋に』
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 歩きながら歌詞のことを訪ねてみる。「すべてはここにある」という言葉は、てっきり大原のことだと思ったが、違っていた。「すべてはここ、自分の中にあるのよ」とベニシアさん。「場所じゃなくて、あなたの求めているものは全部、自分の中にあるということなんですよ。(そう考えると)希望がわいてくるよね」と正さん。シンプルだが哲学的でもある。起きた物事をどう見るかは自分しだいで、自分の心の中にこそ平安があるというのだ。

 人気のテレビ番組は近年はスペシャル版が制作されている。今月もその傑作選がEテレで放送中だ。子供や友人らが入れ替わり訪れる自宅で、2人はこれまで以上にゆっくりとした日々を送っている。ベニシアさんが言った。「みんなね、ベニシアは(目が見えにくくて)できないと思っているけどそんなことない。春になったら、またね」

【プロフィル】ベニシア・スタンリー・スミス ハーブ研究家。1950年、英ロンドンで貴族の家系に生まれる。19歳でインドに旅行、その後日本へ。昭和53年に京都で英会話学校を始め、京都市左京区大原への移住をきっかけに庭づくりを始めた。その暮らしぶりが平成21年からNHK番組「猫のしっぽカエルの手」で放送されドキュメンタリー映画に。著書やDVD多数。

【プロフィル】かじやま・ただし 写真家。昭和34年、長崎県生まれ。ネパール・ヒマラヤの登山、インド旅生活を経て帰国後に京都でインド料理店を開業。平成4年にベニシアさんと結婚。現在は山岳写真やエッセーを手掛ける。

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