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平城京の「中枢」へ 発掘調査にかかる期待

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 世界遺産の平城宮跡(奈良市)南側に広がる4・9ヘクタールの工場跡地を、奈良県が来年度予算で購入する方針を固めた。跡地は奈良時代の平城京のメインストリート「朱雀大路(すざくおおじ)」に面した一等地だが、当時そこに何があったかは全く分かっていない。荒井正吾知事は発掘調査に意欲を見せており、専門家は平城京の「空白」を埋める画期的な発見に期待を寄せる。(川西健士郎)

平城宮跡と一体化へ

 工場跡地は最近まで積水化学工業奈良事業所が操業していた。甲子園球場がすっぽりと入る広さで、平城宮跡に復元された朱雀門がすぐ目の前にある。国際色豊かな天平(てんぴょう)文化が花開き、「あをによし 寧楽(なら)の京師(みやこ)は 咲く花の 薫(にお)ふがごとく 今盛りなり」と万葉集に歌われた平城京のまさに中枢だった場所だ。

 もともと宅地開発の計画があったが、平成30年8月に県、奈良市、積水化学工業の3者が活用策を検討する協定を締結。平城宮跡と一体的な活用を目指す方針が示された。

 県は昨夏、約2ヘクタールを買収し、残りの3ヘクタール弱はホテルや商業施設などを誘致する民間事業エリアとする計画案を策定した。ところが、国の交付金事業に採択してもらうための交渉の中で、全体を県有地にして歴史公園を整備する方針への転換が図られた。

 荒井知事は「宅地にするなら一部を公園化したいと考えていた。全体を公園化できるのであれば、それに越したことはない」と歓迎。県は土地購入費と歴史公園の基本計画を作るための検討費を来年度予算案に盛り込む方針で、荒井知事は発掘調査にも意欲を見せている。

未解明の「一等地」

 平城京は現在の皇居や国会議事堂、霞が関に当たる平城宮と、10万人ほどが暮らしたとされる碁盤の目状の京域からなる。

 平城宮の実態は、奈良文化財研究所(奈文研)の60年にわたる調査でかなり解明が進んでいるが、京域は世界遺産の興福寺、薬師寺、唐招提寺といった寺院を除いて大部分が都市化。発掘調査や文献史料で、長屋王や藤原不比等(ふじわらのふひと)らの邸宅地が推定されているものの、多くは未解明だ。

 奈文研で平城京の発掘や史料調査を担った舘野和己・大阪府立近つ飛鳥博物館長は、工場跡地について「朱雀門に近く、朱雀大路に面した一等地。重要施設や重要人物の邸宅があった可能性は十分にある」と話す。京域では宅地開発などに伴う発掘調査が繰り返されているが、広大なエリアが一体的に調査される機会は少なく、都城の構造解明や木簡の出土も期待できるという。

「威容」再現に期待

 国際交流が盛んだった奈良時代、外国からの使節団は羅城門から平城京に入り、道幅が74メートルある朱雀大路を北上して朱雀門から平城宮に入ったとされる。

 工場跡地は朱雀大路の一部を含んでおり、舘野さんは「朱雀大路の両脇には柳の並木や幅3メートルの側溝があり、大きな築地塀が続いていたと想定される。当時の整った威容が見えてくるかもしれない」と期待する。

 今年は平城京遷都や造営を主導したとされる藤原不比等の没後1300年にもあたる。荒井知事は「平城京の設計に寄り添って未来の奈良の礎を築くことを、不比等さんに駆り立てられている気がする」と話す。発掘調査と連動しながら歴史公園がどのように整備されるか注目される。

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