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生まれた時から異次元の身体能力? 「アジアの鉄人」が語るアスリートの育て方(上)

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ロンドン五輪の男子ハンマー投げで2大会ぶりのメダルを獲得した室伏広治さん(右)は、父の重信さんとがっちり握手を交わした
ロンドン五輪の男子ハンマー投げで2大会ぶりのメダルを獲得した室伏広治さん(右)は、父の重信さんとがっちり握手を交わした
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 今年は五輪イヤー。4年に1度、アスリートたちが紡ぐドラマは、多くの人の胸を熱くし、時に涙を誘う。自分の息子や娘をオリンピアンに-。そんな淡い夢を抱く人も多いのではないだろうか。将来アスリートとして飛躍するには、幼少期にどんな経験をさせておく必要があるのか。幼いころから数々の“伝説”を持っていたのは、2004年アテネ五輪のハンマー投げ金メダリスト、室伏広治さん(45)。「アジアの鉄人」こと父の重信さん(74)の子育ての極意とは。(鈴木俊輔)

驚異の父子

 まずは、ともにハンマー投げのトップ選手として活躍した2人の足跡を振り返りたい。1972年ミュンヘンから84年ロサンゼルスまで、4大会連続で五輪代表となった重信さんは、日本選手権で10連覇を含む12度の優勝。五輪メダルこそ手が届かなかったが、アジア大会は5連覇を果たした。

 長男の広治さんは、23歳で父の持つ日本記録を塗り替えると、日本選手権は20連覇を達成。五輪は2000年シドニーから出場し、04年アテネで金メダル、12年ロンドン五輪で銅メダルを獲得した。日本選手権は昨年で103回目。2人で32回も制したことになる。

 さて、広治さんはどんな子供だったのか。広治さんが生まれたのはミュンヘン五輪から2年後の昭和49年。重信さんは現役選手として、練習に打ち込みながら子育てに取り組んだ。このときすでに広治さんの伝説は始まっていた。

 身体能力の高さは、生まれながらに異次元だったという。まだ歩けなかったころ、あおむけの足を押さえて「『広ちゃん』って呼んだら、そのまま腹筋だけでぐーっと起き上がったんですよ」。

 さらに、安全な場所を選んで手のひらの上に座らせてみると、お尻だけでバランスをとってみせた。バランスボールというエクササイズグッズがあるように、お尻だけでバランスをとるのは、案外難しい。

 歩けるようになると、ピョンピョンと跳ねるようにあちこちを動き回った。筋力、バランス、体のバネ-。持って生まれた身体能力は別格だったかもしれないが、それだけでは五輪の金メダルは獲得できない。重信さんは積み上げたノウハウや知見を子育てに惜しみなく注ぎ込んでいた。

体力と体形を見極めろ

 重信さんは、競技スポーツと学問を融合させた先駆者ともいえる存在だ。精神論が重んじられ、猛練習だけが上達の道と信じられていた時代に、力学や物理学をハンマー投げに応用。現役時代から大学で教鞭(きょうべん)もとり、幼児への体育教育にも造詣が深い。

 将来、トップレベルで活躍するには、幼少期に「体力」「体形」「センス」を見極め、磨くことが必要だと説く。

 ここでの体力は、いわゆるスタミナではなく、持って生まれた肉体が持つ能力のこと。人間には瞬発力にたけたタイプと、持久力に優れているタイプがおり、それぞれ特性がある。例えれば、短距離走が得意なタイプが前者、長距離走が得意なタイプが後者だ。

 「私は短距離は速かったですが、長距離は昔から大の苦手。長距離が嫌で、陸上を始めるのをためらったほどです」

 ハンマー投げで重要なのは瞬発力だ。重信さんも、立ち幅跳びで軽々と3メートルを跳んでいたという広治さんも、ハンマー投げに合った肉体の持ち主だった。まずはこのタイプを早い時期に見極め、タイプにあった競技を選ぶことが重要だ。

 体形は身長や体重。中にはスピードや技術で体格差をはねのけて活躍する選手もいるが、体格が有利になる競技、不利になる競技があるのは事実。オリンピアンになるには体形に合ったスポーツを選ぶことも肝心だといえよう。

 最後に必要なのがセンスだ。体力や体形は持って生まれたものだが、センスは「後天的な要素の方がはるかに大きい」のだという。

 センスとはいったい、何なのだろうか。

=(下)に続く

 むろふし・しげのぶ 昭和20年生まれ。静岡・日大三島高校でハンマー投げを始め、1972年ミュンヘン大会で五輪に初出場。日本がボイコットした80年モスクワ大会を含め、4大会連続で代表入りした。アジア大会は5連覇し、「アジアの鉄人」と呼ばれた。長男の広治さんのほか、長女の由佳さんも2004年アテネ五輪女子ハンマー投げに出場した。

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