PR

6000個の岩石積み直し「石垣の名城」復活へ

PR

並べられた石。番号が付けられている=1月31日、香川県丸亀市
並べられた石。番号が付けられている=1月31日、香川県丸亀市
その他の写真を見る(1/3枚)

 「扇の勾配」と呼ばれる見事な石垣で知られる丸亀城(香川県丸亀市)で、西日本豪雨や台風の影響で崩落した石垣の復旧工事が本格化している。崩落を免れた石を大型クレーンを用いて取り除き、約6千個の石を元通りに積み直す。令和6年3月の完成を目標としており、丸亀市は「美しい石垣を早く見せられるよう、安全に気を付けて工事を進めたい」としている。

3回にわたり崩落

 標高66メートルの亀山に築かれた丸亀城。万治3(1660)年に完成した天守は、国内に現存する12の木造天守のうちの1つだ。

 讃岐国の領主だった生駒親正と、その子の一正が慶長2(1597)年、丸亀城の築城に着手。その後、一国一城令によって廃城となった。寛永18(1641)年に丸亀藩主となった山崎家治が再築。後の藩主、京極高和氏の時に完成した。山頂部の石垣は、築城技術が発達した山崎氏の頃に築かれたとされる。

 美しい曲線を描く石組みは「扇の勾配」と表現されるが、この石垣が平成30年、西日本豪雨や台風の影響で、3回にわたって崩落した。

 最初の被害が発生したのは7月7日。「帯曲輪(おびぐるわ)」南側の石垣が縦7メートル、横30メートルにわたって滑り落ちた。10月8日には西側の石垣が、翌9日には、帯曲輪の上にある「三の丸」の石垣も崩れた。

 さらなる被害を防ぐため、市は土砂が崩れないよう大型の土(ど)嚢(のう)を設置し、斜面にモルタルを吹き付けて固定。不安定になった石を取り除き、三の丸には雨水対策のシートを敷いた。

 こうした準備を終え、昨年秋にようやく石垣の復旧工事にこぎつけた。

大型クレーンでつり下げ

 今年1月31日、三の丸の石垣を解体する作業が報道陣に公開された。

クレーンを使って石を下ろす作業が行われた=1月31日、香川県丸亀市
クレーンを使って石を下ろす作業が行われた=1月31日、香川県丸亀市
その他の写真を見る(2/3枚)

 作業員が石にワイヤをかけて大型クレーンでつり下げ、約40メートル下のグラウンドに下ろす。石の重さは大きいもので1トンほどで、石があった場所がわかるように番号が付けられている。

 こうして石を取り除いた後、斜面に20~30メートルのアンカーを打ち込み、地盤を強化。一連の作業を繰り返し、8月末までに崩落で緩んだ365個の石を解体する。

 取り除いた石の状態を確認した上で、令和3年度に帯曲輪の石垣を、4~5年度にかけて三の丸の石垣を積み直す工事を行う計画だ。市は復旧にかかる費用として最大35億円を見込んでいる。市丸亀城管理室の上甲育司室長は「下にある石が使えるかなど、崩落した石を取り除かないと分からないこともある。調査をしながら作業を進めることになる」と難しさを語る。

寄付金3億6千万円超

 市は昨年12月、崩落現場近くにプレハブ平屋の「石垣復旧PR館」をオープン。丸亀城の歴史や石垣の被害状況、具体的な工事の内容を紹介している。

 また、市のマスコットキャラクター「とり奉行 骨付じゅうじゅう」のパネルや写真撮影コーナーを設け、丸亀城を模した募金箱も置いた。屋上からは、作業の様子を見学できる。

夕焼けに照らされる丸亀城天守閣と石垣=平成22年10月、香川県丸亀市
夕焼けに照らされる丸亀城天守閣と石垣=平成22年10月、香川県丸亀市
その他の写真を見る(3/3枚)

 市のシンボルを支援しようという動きもある。企業や団体、個人からの寄付は1月29日までに約3億6500万円を突破。石垣が崩れた影響で減少した丸亀城天守の入場者数も回復し、昨年は過去最高の13万42人が訪れた。上甲室長は「元の美しい石垣を早く見せられるよう、安全第一で工事を進めたい」としている。

この記事を共有する

おすすめ情報